<解けない世界>
下の巻 世界を創造せし者よ



 仲間の姿を借りた敵と初めて戦ってから何時間が過ぎたのだろうか。
 アス、トリーシャ、フォシルの3人は、つい先程にも偽者と戦っていた。
 相手は、ヴァネッサだった。
「ちっ!胸くそ悪いな!」
 八つ当たり気味に壁を殴り、フォシルが悪態をついている。
「フォシルさんの所為ではありませんよ。こんな迷宮を創った人物の責任です」
 常に冷静なアスのフォローに、トリーシャも同意する。
「そうだよ。それにフォシルさんがいなかったらボク達どうなってたか分かんないし」
「…そっか、すまんな。アス、トリーシャ。先に進むか」
「はい」
「うん」
 そこからまっすぐに続いている道を突き進んだところで、前方に人影を発見した。
「またか!」
 嫌な物を見てしまったようにつぶやくフォシルの横で、アスは小さなため息を漏らしていた。


 ルシードは、目の前に現れた3人を見て足を止めた。
「また、偽物か」
 剣を構えるルシードの前には、フォシルとトリーシャ、そして見たことの無い少女がいた。
 ヴァネッサも、油断無くトリガーに指を掛ける。
 が、
「ちょっと待った!」
「待ってください」
 アレフと少女の二人が、ほぼ同時に待ったをかける。
「何や?アス」
 柄から手を離さずに聞いたフォシルの言葉に、アスと呼ばれた少女が言葉を発する。
「この人たちは偽物ではありません」
「え?そうなんだ」
 構えようとしていたトリーシャが、アスの一言だけで警戒を解くのが分かった。
「やっぱりな。俺にも分かるぜ。あのトリーシャは本物だ」
「何故分かる、アレフ」
 なんだか自信満々に言い放つアレフに、ルシードが疲れたようなツッコミを入れた。
 そんなルシードに、アレフは自分に指を突きつけて断言する。
「この俺に、女の子の事で分からないことなどなーい!」
「また無茶苦茶な…」
 呆れ顔のヴァネッサは拳銃を下ろしたものの、いつでも打てるように握ったままである。
 ルシードに至っては、まだ剣を構えている。
 そんな仲間を無視して、アレフはアスの元に近寄っていく。
「ところで、アスちゃん。キミ、可愛いね。どこの子かな?」
「は…え?その…僕、男ですけど」
(アレフさんはどこに居てもいっしょだな)
 そんな事を考えながら少し苦笑を浮かべて返したその答えに、トリーシャ以外の動きが一瞬止まった。
「え…?」
「そうなんか。気付かんかったわ」
「…女物の服を着てるが、確かに男だな」
「でも綺麗な子ね」
 まだ硬直しているアレフの前に割り込んで、トリーシャが聞いてみた。
「ところで、アレフ。そっちも偽物と戦ってきたの?」
「あ、ああ、もちろんさ。次々と現れる偽者をちぎっては投げちぎっては投げ、そりゃもう大活躍…」
 何とか立ち直ったらしいアレフがそう答えたとき、
「じゃねぇだろうが!殆ど俺が倒してたんだぞ!」
 その言い方が癪にさわったのか、ルシードは持っていた剣の柄でアレフを殴り倒した。
「ルシード君が攻撃して私はサポート、キミはひたすら避けてただけじゃないの!」
「ってーなぁ!そんな事ねーって。避けながら仔細に観察してたんだぜ、俺」
 何とか復活したアレフは、ルシードに向けて言葉を続けた。
「偽物の奴らは、瞳の奥に隠しても隠しきれない殺意があるんだ。けど、この3人にはそれが無い。なら、この3人は本物の仲間だって事じゃねえか!」
 アレフの意見に、その場にいたアス以外の4人が何とも言えない表情になる。
「な、何だよお前ら。気持ち悪いな」
 みんなの顔を見回すアレフに、ルシードが声をかける。
「お前がそんなまともな意見を言うとは…まさか、偽物か?」
「何でだよおいっ!」
 力いっぱい突っ込むアレフであった。

 まあ、何はともあれ。各自が偽物ではない事を認め、簡単な自己紹介を終える。
 ここに、6人が集まった。
「話をまとめると、どうやらここに呼び出されている人間の偽物しか出てこないみたいだな」
「っつー事は、あと少なくともアルベルトはおるっちゅーこっちゃな?」
「ああ、そうなるな」
 ルシード、ヴァネッサ、アス、トリーシャ、フォシルの順に6人で並んで移動しながら、ルシードとフォシルが会話を交わしている。
 そんな一行がある程度進んだ時、少々見慣れない物が目に付いた。
「あれは…扉のようね」
 そうつぶやいたヴァネッサの言葉通りに、大きな扉が左手に現れる。
「ここに入れ、って事なのかな?」
 トリーシャに聞かれて、アスは静かにうなずいた。
 その後、反対に訊き返す。
「あの、トリーシャさん。何故僕に聞くんですか?」
「え?…何となく」
「はぁ…?」
 そんな会話をしているアスたちを通り越し、フォシルが扉に手をかける。
「ほな、行こか」
「気をつけろよ。何が出るか分からないからな」
「おう。分かっとるわい」
 フォシルの横に並んで、ルシードが剣に手をかける。
「よし!突入だ!」
 何故か宣言するアレフの声でフォシルが扉を開け、ルシードを先頭にして扉の向こうに入った。


 その頃、リュートたちは…
「あれ?こっちが行き止まりだぞ」
「ええっ!だってそこからまだ行ってない道に行ける筈だよ」
「だけど、道なんて無いぜルーティちゃん」
 なんと、道に迷っていた。


 扉に踏み込んだ6人の前には、一人の男が立っていた。
 全身を黒いローブでつつみ、右手に木製と思われる杖を持っている。
「ようこそ、異世界の旅人の皆さん」
 人を小ばかにしたような男の声に、ルシードとフォシルのこめかみに青筋が浮かぶ。
「しかし皆さん、思っていたよりも遅いですね。ここまでたどり着くまでに時間がかかりすぎですよ」
「何やとぉ…!」
 食って掛かろうとするフォシルを、アレフが慌てて押さえる。
「テメェ、何者だ?」
 剣を構えながら聞くルシードに、黒ローブが口を開く。
「私が何者か、ですか?私の名前はゼルギス。この迷宮、ひいてはこの世界の創造主です」
 その言葉で、アスは愕然とした表情となっている。
(この世界を…そんな力を、人が持っていると?)
 だが、そんなアスに気付くことなく、トリーシャが声を上げる。
「この世界を作った人なら、ボクたちを元の世界に戻せるよね?」
 ゼルギスは、笑みを貼り付けたまま答えた。
「ええ。出来ますよ。この世界に呼んだのも私ですし。…私の言いたいことが分かりますか?」
 その言葉で、その場の全員が理解した。
「つまり、俺達を元の世界に戻す気は無いっちゅうことやな」
「ええ、そうです」
 まるで世間話をしているかのようなゼルギスの言葉に、ルシードがその場で大きく剣を振った。
「ふざけるな!さっさと俺達を戻しやがれ!」
 そんなルシードに、ゼルギスはあざけるように言った。
「ふ。これだから学の無いお方は困りますね。感情的にならないと自分の意見すら言えないのですか?」
「…んだとこらぁ!」
 剣を構えてゼルギスに向かって地を蹴るルシード。
 そんな彼の目の前に、真紅の鎧が姿を現す。
「ルシード!退け!」
 真紅の鎧が大剣を持っていることに気付き、アレフが大声を上げる。
 が、勢いのついていたルシードは止まる事が出来ずにいた。
「っ、なろぉっ!」
 無理に剣を向け、それで鎧の大剣を何とか受け止めた。
「ほぉ…」
 少し意外そうにつぶやいた赤鎧が、無造作に大剣を振り抜く。
 その動きだけで、ルシードの体が宙を舞った。
「ぐあっ」
「ルシードさん!」
 壁に叩きつけられ、動きを止めるルシード。
 慌てて駆け寄ったトリーシャが回復魔法を施している。
「この人、強い…!」
 つぶやくように言ったヴァネッサは、油断無く拳銃を構える。
 それぞれが攻撃態勢を取っている中、アスだけが赤鎧の正体に気付いていた。
「我が名はキルマ。我の使命は主を守ること。主を傷つけようとするおぬしらを見過ごすわけにはいかぬ!」
 大剣を構える狼男キルマに、フォシルが一歩前に出る。
「面白いやないか。行くで!」
 キルマに攻撃を仕掛けようとしているフォシルを見て、アスがつぶやく。
「ダメだ。戦っても勝てっこないんですよ」
 その声は、幾分震えていた。
(あの鎧は、元の世界の僕と同じ存在…つまり、何者にも傷つけられず、何者をも破壊する力…!)
「グラビトンボム!」
 フォシルの右手から放たれた重力場は、キルマに届く直前に掻き消える。
「んなアホな…」
 思いもしない事にフォシルの動きが止まったところに、キルマの放った炎が迫る。
「フォシル君!」
 ヴァネッサの声に、フォシルが反応している暇は無かった。
 全身をまとわり付く炎に焼き尽くされ、フォシルは大きく弾かれた。
「ぐ…うぁ……」
 意識はあるようだが、とても動ける状態ではないようだ。
 こちらにはヴァネッサが回復魔法を施している。
「く…っそぉぉぉおおおっ!」
 トリーシャの魔法で回復したルシードがインファーノストライクを放つが、キルマは大剣を持たない左手一本で払いのけてしまった。
「無駄な足掻きを…」
 左手から発せられた幾筋もの光線に体を貫かれ、ルシードがまたも跳ね飛ばされる。
「ぐあああっ」
「ルシード!くそっ、あいつら…」
 アレフが動こうとしたが、
「おぬしも、死に急ぐか?」
「う…」
 大剣を突きつけるキルマを前に、動く事が出来なくなってしまった。
「さあ、もういいでしょう。キルマ、殺してしまいなさい」
「御意」

 その数秒後には、その場に立っているのはゼルギスとキルマだけであった。
 ルシード達は全員、体に激しい傷を負って倒れている。
 アスも例外ではなく、入り口に近いところで仰向けに倒れていた。
(いつもなら…簡単に再生できるのに……)
 そんな事を考えながら、アスはまだ僅かばかり動く右手を握り締めた。
(僕は…死ぬわけにはいかないんだ。こんな所で……)
 握り締めた拳が、悔しさで血を滲ませそうなほどになったその時、
「ダイアデム!」
 突如沸き起こった暖かい光が、6人すべての傷を癒していく。
「お前ら、大丈夫か?」
 それと共に、開け放たれたままの扉からリュート達三人が入ってくる。


 扉の前まで来たリュートたちは、そこで聞いた事のない声を耳にした。
「さあ、もういいでしょう。キルマ、殺してしまいなさい」
「御意」
 その遣り取りのあと、断続的に響く6人分の悲鳴。
 その音を、リュートは静かに聞いていた。
 彼の手には黒剣が握られており、その先にはアルベルトがいる。
「…早まるな、アルベルト」
「リュート!何故止める!」
 小声で言った後黒剣を消すリュートに、アルベルトが同じように小声で詰め寄る。
 彼らの足元では、人の悲鳴を聞いて気分が悪くなったのか、ルーティがしゃがみ込んでいる。
「今俺達が飛び込んでも、あいつらを盾にされるだけだ。準備を整えてから入るべきじゃないか?」
「た、確かにそれはそうだが…」
 リュートの意見にアルベルトが一時怒りを抑えたのを確認して、次にルーティに声をかける。
「ルーティ。広範囲を一度に回復できる魔法を、使えるか?」
「…うん。少し時間が掛かるけど、何とか」
 少し蒼白そうな顔をしているが、ルーティは立ち上がって答えを返す。
「よし。ここからその魔法を発動させて傷を癒す。その後、突入だ。アル、気合を入れとけよ」
「ああ、分かってる!」
 二人に指示を与えた後、リュートは黒剣を取り出す。
「……ダイアデム!」
 ルーティの呼び出した地の力が全員の傷を完治した瞬間、リュートとアルベルトが部屋に飛び込んだ。
 少し遅れてルーティも続く。
「お前ら、大丈夫か!」
 周囲に聞くリュートに、各自が様々な反応を返してくる。
(よし。傷は癒えているようだな)
 それを確認して、槍を構えるアルベルトの横に並ぶ。
「お前たちか。この迷宮に俺達を召喚したのは」
 その間に、他の6人もその後ろに集まった。
「ようこそ。私の名前はゼルギス。そして彼はキルマ」
「名前なんてどうでも良い!さっさと俺達を元の世界に戻せ!」
 アルベルトが声を上げてゼルギスを睨んでいる。
 本能的に気付いているのだ。この二人が自分よりもはるかに強いと言う事に。
(くそっ!足がすくんでやがる!)
 そんなアルベルトの内心を知っているかのように、ゼルギスは不敵な笑みを浮かべている。
 そんな折、リュートは誰かが自分の真横までやってきたことに気が付いて声をかける。
「アス。お前は俺の世界のアスなのか?」
「ええ、そうです」
 断言したアスの声に、リュートは苦笑を浮かべてしまう。
「お前が居ても勝てなかった奴に、俺やアルが加わったって何も出来ないんじゃないのか?」
 そんなリュートの声に、アスは静かに首を振った。
「さっきまでは、僕を僕と認めてくれる事象が存在していませんでした。つまり、僕の力はこの世界では一切使えなかったんです」
 過去形でそれを述べたアスに、リュートは言葉の意味を理解した。
「つまり、同じ次元に存在する俺がいれば、お前の力も発揮できる、って事か」
「はい。今から、僕の力の全てをリュートさんにゆだねます。一緒に戦いましょう」
 リュートの右腕に触れながら言うアスに、リュートが軽くうなずいたとき、
(カッ)
 リュートとアスをまばゆい光が包み込んだ。
 そしてその光が消えたとき、そこに立っていたのは…
「…久しぶりだな、この感覚」
 漆黒の甲冑に身を包み、右手に先程よりも一回りほど巨大化した黒剣を納めたリュートだけだった。
「あ、あれ?アス君は?」
 戸惑った声を上げるトリーシャに向けて、リュートが簡単な説明をする。
「アスは、今はこの鎧になっている。詳しい説明はしないが、コイツはこんな風に自由に姿を変えられる存在なのさ」
「そ、そうなの…?」
 よく分からないといった感じのトリーシャから目を離し、リュートはキルマに向けて剣を構えた。
「アル、お前とそこの赤い目の兄ちゃんとダークエルフ。お前たちを中心にしてゼルギスを倒せ。その間に、この獣人は俺とアスが始末をつける」
「任せとけ!」
「分かった」
「赤い目…って、俺の事か」
 リュートの声に応え、アルベルトフォシル、ルシードが前に出る。
「ほかの奴は3人のサポートだ。あのゼルギスって魔道師には魔法も通用する。全力でやってやれ」
「なんでそんな事が分かるんだよ」
 何か不満そうなアレフに一瞬だけ目を遣り、リュートは笑みを見せた。
「アスが教えてくれるのさ。コイツに分からない事は無いからな。…行くぜ!」
 リュートがキルマに向けて地面を蹴る。これを合図に、最後の戦いが幕を開けた。

<終の巻に続く>

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送