<解けない世界>
中の巻 信じるべき者たちへ


 ルーティを拾った(いや、助けた)リュートたちは、その後も数匹の魔物を退治しながら歩みを続けていた。
「しかし、ルーティが地図を作ってくれて助かったぜ」
「ああ。これで迷うことも無いってもんだからな」
「そんなぁ。褒めても何も出ないよ」
 現在、リュートたちはルーティを先頭にして、マッピングを行いながら出口を捜しているのだ。
「えっと…今がここだから…」
 いつもは町の情報を書き留めているメモ帳に地図を書き込みながら、ゆっくりと進んでいた。
 と、そんな彼らの方に誰かの近づいてくる足音が聞こえた。
「ルーティ、下がれ」
 ルーティの肩を引いて、リュートが前に出てどこからとも無く剣を取り出す。漆黒、そんな言葉が当てはまるような黒剣だ。
 アルベルトも右手に持っていた槍を両手に持ち替えて構えている。
 そんな中、こちらに近づいてきている足音は歩調を変えることも無く近づいてくる。
 そして、やっと顔を確認できる距離に来たその人物は…
「よお、ルーティじゃねえか。お前もここに来てたのか」
「ああ〜っ!ル、ルシード!」
 突然現れた見知った顔に、ルーティはリュートたちを押しのけて走っていった。
「なんだ。ルーティの知り合いか」
「びっくりさせるなよな全く」
 安心して構えを解くアルベルトとリュート。
「お前ら、ルーティを守ってくれてたみたいだな」
 ルシードは、親しげに二人に声をかけてくる。
「うん。この人たちが居なかったら、あたし生きてたか分かんないもん」
 少し涙眼になっているルーティ。知らない人ばかりでやはり緊張していたのだろう。
「そうか。良かったな、ルーティ。…あ、俺はブルーフェザーのリーダーを務めているルシード・アトレーだ」
「俺はリュート。で、こっちがアルベルトだ」
 お互い自己紹介を済ませ、握手を交わしている。


 一方その頃、アスたちは……
「月破斬!」
 大量の魔物に囲まれ、危機的状態に陥っていた。
「てーい、トリーシャチョーップ!」
 実質戦力になっているのはフォシルのみで、トリーシャの攻撃魔法は通用しないしアスに至っては何も出来ない状態なのだ。
「うっとうしい!双牙連撃!」
 両方から同時に襲い掛かってきた魔物をフォシルの小烏が弾いた時、
「はあっ!」
 片方の魔物を切り捨て、見知った顔が現れた。
「あー!アルベルトさん!」
「トリーシャちゃん、フォシル。お前ら大丈夫みたいだな」
 状況を確認しながらも襲い掛かってきた魔物を切り伏せ、アルベルトが言葉を発する。
「とりあえず助かった!そっちは任せるわ、アルベルト!」
「ああ!」
 アルベルトに片方を任せてフォシルが背を向けようとしたとき、誰かに腕を捕まれた。
「なっ!何するんやアス!」
 それは、先ほどから一言も喋っていないアスであった。
「フォシルさん、あの人は仲間じゃありません!」
 アスの指は、きっかりアルベルトに向けられていた。が、当のアルベルトはこちらに構わずに魔物たちを切り伏せていっている。
「何を訳分からん事言っとるんや!とにかく今は魔物を倒さなあかんねんで!」
 力任せでアスを振り払い、フォシルは眼前に迫っていた魔物たちに切りかかっていく。
 地面に投げ出された格好になったアスは、少し悔しそうに唇をかんでいる。
 そんなアスに、トリーシャが手を差し伸べる。
「ね、ねえアス君。アルベルトさんが味方じゃないって、どう言う意味?」
 そんなトリーシャの手に捕まりながら、アスは小さく「じきに分かります」とだけ言った。


 そして、ルシード達。彼らの前には、フォシルが現れていた。
 抜き身の刀をぶら下げて。
「おいおいフォシル。何のつもりだよ」
 苦笑を浮かべるアレフとは違い、ルシードは剣を、ヴァネッサは拳銃を取り出した。
「お、おいお前ら!なんで武器なんて出してるんだよ!」
 一人理由がわからずうろたえているアレフに、フォシルの声が届いた。
「簡単な答えや。俺は、お前らを殺しに来たんやしな」
「え?」
 アレフに切り掛かったフォシルの刀を、フォローに入ったルシードが弾いた。
「アレフ。外見がどうであれ、コイツはフォシルじゃない」
 そう言ったルシードがフォシルに切り掛かるが、簡単に弾かれてしまう。
 そこにヴァネッサの銃が火を噴くが、軌道を読んだかのごとくあっさり回避される。
「カーマインスプレッド」
 フォシルが放った魔法は、まっすぐルシードに向かっている。
「ルシード君!」
 ヴァネッサの声を聞きながら、ルシードは唇を笑みの形にゆがめた。
「魔力よ集まれ!インフィニティ・ディメンション!」
 ルシードの唱えた魔法で、剣に炎が吸い込まれていく。
「喰らえ!インファーノストライク!」
 そこに自分の魔力を上乗せして放った一撃は、フォシルの体を見事に両断した。
 そして、その体は地面につく前に解けるようにして姿を消す。
「い、今の消え方は…さっきの魔物と一緒?」
 まだうろたえているアレフに、ヴァネッサが自分の考えを話している。
「恐らく、何らかの方法で姿や能力をあの魔物がコピーし、私たちに同士討ちをさせようとしているのじゃないかしら」
「ああ、そうだろうな」
 ヴァネッサの言葉に、ルシードはぶっきらぼうに返した。
 いくら偽者だと分かっていても、自分の見知った顔の奴を切り捨てて気分が良い筈が無い。
「…じゃあ、この先知ってる奴に出会ったらまず疑ってかかれ、って事か?」
 不安そうに聞くアレフに、ルシードとヴァネッサは静かにうなずいて応えた。


「…なるほど。アスの言うとった意味はよう分かった」
 脇腹を押さえて座っているフォシルは、苦笑を浮かべて言葉を発する。
「恐らく、この先も姿を似せた何者かが多数出現する物と思われます」
 フォシルの前に座ったアスは、できるだけ平然と言葉を紡ぐ。
「…でも、卑怯だよね。ボク、親しい人とは戦えないよ」
 フォシルの傷の治療を終えたトリーシャは、本気で腹を立てているようだ。
 そんなトリーシャの脳裏には、先ほどの出来事がまざまざと刻まれていた。

 魔物を倒し終えたフォシルとアルベルトが近寄って笑顔を見せ合っている。
 トリーシャも、その場に駆け寄ってアルベルトに声をかけようとした。
「アルべ…」
 が、それを止めたのはアルベルトの行動だった。
 槍を握ったままの腕を流れるような動作で動かし、切先がフォシルの脇腹を深く切り裂いた。
「な……」
 一瞬、何が起きたのか分からなかったフォシルだったが、続けて攻撃を繰り出そうとしているアルベルトを見て、とっさに体が動いた。
 右手をアルベルトに向けて突き出し、力を解き放つ。
「グラビトンボム!」
 フォシルの放った重力場はアルベルトを吹き飛ばし、壁に激突させる。
 アルベルトが起き上がろうとしていることを知ったフォシルは、そのまま刀に手を添えた。
「裂閃斬!」
 抜刀する時の剣風に重力の力を付加された風が、アルベルトの体を切り裂いた。
 それと同時に、アルベルトの姿は跡形も無く消えていったのだ。
 その全てを信じられない物を見るような感覚で見ていたトリーシャは、フォシルが倒れ行くのを目にして慌てて駆け寄った。
「フォシルさん!」

 フォシルの脇腹は思ったよりも深く切られており、壮絶な切り口を見せてはいたのだが、トリーシャの回復魔法で何とか治癒を終えることができた。
「それにしても、アス君よく分かったよね」
 思い出したように声を上げるトリーシャに、アスは短く答えた。
「姿かたち、能力がすべて同じでも、発している波動が全く違った物だったから」
「?…波動、ねぇ」
 いまいち理解できなかったトリーシャだったが、アスはそれ以上は説明してくれないようだった。


 そして、リュートたちは…
「くそっ!」
 ルシードの攻撃を槍で弾き、アルベルトは舌打ちをする。
 そんなアルベルトの背後では、いまだに信じられないと言った表情のルーティに、リュートが回復魔法をかけている。
 外傷は大したことは無さそうだが、ルシードに切りつけられたという心の傷は相当深そうである。
「ど…して…ル、ルシ……」
 怯えた表情のルーティの目には、一体何が映っているのだろうか。
 とりあえず回復魔法をかけ終わったリュートがアルベルトのほうを向く。
 力や技ではアルベルトのほうに分があるのは見て取れたが、アルベルトの攻撃にはためらいが多分に混じっていた。
「…このままじゃ、ダメだな」
 そうつぶやいたリュートは、武器を交えている二人の下に駆け寄った。
 そのスピードを殺さないままアルベルトの前に飛び出たリュートは、漆黒の刃を持つ黒剣でルシードの剣を切り落とす。
「リュート!」
 少し驚いた表情のアルベルトに一瞬だけ視線を向け、リュートは手早く用件を伝えた。
「アル。ルーティを連れて曲がり角まで!」
「ああ、分かった!」
 それだけで理解したアルベルトは、座り込んだままのルーティを小脇に抱えて走って遠ざかった。
「お前一人で相手をするつもりか?」
 暗い炎を閉じ込めているようなルシードの瞳を見て、リュートは真面目な声で返す。
「ああ。そのつもりだ。来いよ」
「ふっ…おもしれぇ」
 ルシードが剣を振るうと、折れたはずの剣が再生した。
「そんなに死にたいか!」
 ルシードの剣を受けた瞬間、リュートは体重を後ろに乗せてわざと体勢を崩す。
 そこにさらに剣を突きつけてくるルシードを目で捕らえたまま、左手で体を支えて右回し蹴りをルシードの胴に叩き込む。
 カウンターも手伝って深く決まった蹴りにルシードが前のめりになった瞬間、リュートの剣がルシードの頭部を捕らえていた。

 ルシードを倒したリュートが一つ前の曲がり角まで戻ると、そこでアルベルトとルーティが待っていた。
「…お疲れさん、リュート」
 陰鬱な気分で声をかけるアルベルトに軽く手を上げてみせてから、リュートはルーティの前に座る。
 何も見えていないように焦点の定まらない様子のルーティに、リュートが言葉をかけた。
「ルーティ。そんなに落ち込むな。アイツはルシードって奴じゃない」
「…え?」
 かすれた声で聞き返すルーティに、リュートは先ほどの結末を話した。
 つまり、切り伏せたルシードが溶けるようにして消え去ったことを。
「…じゃあ、ルシードがあたしを殺そうとしてたんじゃないってこと?」
 いまいち確信を持てていなさそうではあったものの、ルーティは安心した様子を見せた。
 そんなルーティに、リュートは静かにうなずいてみせた。
「ああ。どうやら、誰かが俺達をはめようとしているみたいだな」
「くそっ!ナメた真似しやがって!」
 壁に拳を叩きつけるアルベルトに、リュートも同意権だった。



 そして、先ほどよりも幾分増した光量の元、黒衣の男は密かにほくそえんだ。
「フフフ…どうですキルマ。なかなか面白い場面が見れたでしょう?」
「は」
 短く答えた赤い鎧の騎士の顔が、初めてはっきり見えた。
 犬特有の尖った鼻を持ち、全身は黒い毛に覆われている。どうやら、獣人のようだ。
「しかし、よろしいのですか主よ。そろそろここにたどり着く者も現れるのでは?」
「ええ、分かっていますよ。そのためにあなたを『造った』んですから。頼みましたよ、キルマ」
「は。主の意のままに」

<下の巻に続く>

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