<解けない世界>
上の巻 目覚めよ、召喚されし者たちよ




 闇だけが、その場を支配していた。
 時間からすれば月が周囲を優しく照らしているはずであったが、窓というものが一切存在しないこの部屋では望むべくも無かった。
 そんな中、そう広くは無いであろう部屋の中に2つの気配が現れる。
「ついに、準備が調いました」
 一人の声に、もう一人が無言でうなずく。
「さあ。彼らはどのような行動を起こすのでしょうか。見物ですね」
 彼の手には、一つのバレーボール大の水晶球が乗せられていた。
 それに代わる代わる映し出されてゆく、十人ほどの人物。
 水晶球に映る彼ら全てが石で出来上がった床に倒れている事が、かろうじて窺える。
 その水晶球を一瞬にして消し、その男はきびすを返した。
「さあ、あちらで観戦することにしましょうか」
「はっ」
 今まで一言も言葉を発さなかった男は、短く了解の意を表して男の後に続いた。



 石畳の長い廊下を、一人の男が歩いている。
「ったく。訳わかんねえな」
 愚痴るように呟いた彼は、右手に持った槍を手持ち無沙汰に回して見せた。
「目を覚ましたらいきなり床に倒れてて、しかも全然知らない場所とは。どうしたもんかねぇ」
 空いている左手でツンツン頭をガシガシかいていた彼、アルベルト・コーレインは、前方の曲がり角から発せられている気配に気づいて油断無く槍を構える。
 息を潜めて待つこと暫し。角から少しだけ出てきた気配に、アルベルトは思い切り槍を突き出した。
「はあっ!」
「うわっ!」
 そんなアルベルトが見たのは、とてもよく知っている人物だった。
「なっ…お前、ハルク!」
 槍を突き出した格好で固まっていたアルに、ハルクと呼ばれた茶髪の青年が立ち上がった。
「あ、あぶねぇなぁ、アル!」
「ああ、すまんハルク。まさかお前がここに居るとは思っていなかったからな」
 軽く頭を掻きながら謝ったアルベルトに、ハルクは首をかしげた。
「…ハルク?誰だそれ。俺はリュートだろう?」
「……は?」
 固まってしまったアルベルトに、リュートと名乗った青年が言葉を続けた。
「お前、誰かと勘違いしてないか?ほら、俺だよ。ジョートショップで一年ほど前に居候として働いていた…」
 リュートの声を遮って、アルベルトが聞き返す。
「だから、ハルクだろ?あのフェニックス美術館の盗難事件の被害者の」
「…え?」
 今度は、リュートが動きを止めてしまった。

 しばらく話し合っていた彼らは、共通した結論に達した。
「つまり、俺とお前…リュートは、別の世界の人間って事か?」
「ああ。どうやらそうらしいな。俺の世界では居候は俺だったけど、そっちの世界ではハルクって奴だった、って事か」
「にしても、似てるなぁ」
 あごに手を当てて全身を見回しているアルベルトに、リュートも苦笑を返す。
「お前も、俺の知っているアルと瓜二つだぜ」
「へぇ。俺はお前のところでもアルって呼んでいいって言ってるんだな」
「まあ、な。それはともかく、」
 そこまで和やかな雰囲気だったものを、リュートが引き締める。
「今はここを抜け出すことを考えよう。俺もいきなりここに放り込まれたような状態だからな」
「そうだな。とにかく、移動するか」
 真面目な顔のリュートにうなずき、アルベルトは左手を壁につけたまま移動を開始した。
「この迷路抜けのアルと呼ばれた俺をこんな所に放り込んだ奴の顔も拝んでやらねえとな」
「よし。行くぜ」


 その頃。もう一人の主人公が目を覚ました。
 見た目14才位の彼は、自分の体が左右に小さく揺られていることに気付き、薄く目を開いた。
「う…」
「あ、気が付いた?」
 どうやら、誰かに背負われているようだ。その人物は一度彼を下ろし、壁にもたれさせて向かい合った。
「ボクが見つけたとき、なんだかうなされてるように見えたけど…大丈夫?」
「…はい、大丈夫です」
 こちらの顔を覗き込むようにするその女性から目をそらし。彼はささやくように答えた。
「そっか、大丈夫そうだね。よかった」
 心の底から安心したような笑顔を見せる彼女は、慌てて自己紹介に入った。
「あ、ボクはトリーシャ・フォスターだよ。キミは?」
 自己紹介しなくても知ってるよ、そう言いたかった所だったが、その意味を理解されないことは十分承知していたので声には出さなかった。
「…僕は、アス…です」
 そこで、アスはふと今の姿を思い出した。シーラの家で働いていた時の格好だから、灰色の目に黒髪のポニーテイル、服装は何故か女物のメイド服。
 そして、首に下げて服の中に入れている、シャドウの眼帯。
「ふーん。アス君か。あ、ところでアス君。ここがどこか分かる?」
「いえ、私には分かりません。トリーシャさん、あなたはどうしてこんな迷宮みたいな雰囲気のところに居るんですか?」
 反対に質問を返され、トリーシャは首をかしげた。
「それが分かんないんだよね。夜、ベッドに入って。次に目を覚ましたら石畳の上に倒れてたんだ。で、少し歩いたところでキミが倒れてて。放って行くわけにも行かなくって背負ってきたんだ」
「そうだったんですか。トリーシャさん、改めてありがとうございます」
 なにやら納得したようにうなずいてみせて、トリーシャは元気よく立ち上がった。
「よし。じゃあさっそく出発しよう。迷路なんて、絶対出入口があるんだもん。ここだって出口もあるよ」
「そう、ですね。行きましょう」
 なんだか重く感じる体に疑問を覚えたアスであったが、とにかくトリーシャの後ろについて歩き出した。


 アルベルトと出会ったリュートは、しばらく黙々と歩みを進めていた。
 その内、前方に小さく魔力の光が見えた。
「誰かが何かと戦っているのか?」
「みたいだな。行くぜ、アル!」
「おう!」
 ためらい無く走り出したリュートに続き、アルベルトも走り出した。その先では…

「こんのぉ〜…ゲイル!」
 目の前の化け物に風が集束し、一瞬にして消え去る。
「や、やっぱり効いてない…」
 魔法を放った人物は、平然と迫ってくる異形の怪物にすくみあがってしまっている。
 まだ若い、少女である。
『ヂャ、グゴン、デゲザ…』
「ひっ…!」
 理解不能の言葉らしきものを耳にして、その少女が目をつぶったとき、
「くらえぃ!デッドリーウェッジ!」
「ファイナルストライク」
 突然現れたアルベルトとリュートの技が、魔物を反対の壁まで弾き返す。
『ゲア!ズド…』
 そのまま絶命して動かなくなった魔物は、まるで存在を否定されたかのように消え去った。
 魔物が完全に消えたのを確認し、アルベルトが大きく息をついた。
「はぁー。全力疾走の直後にこれは、きついな」
「まあな。…おい、お前。大丈夫か?」
「…へ?」
 リュートに声を掛けられて初めて周囲の状況を理解したのだろう。しゃがみ込んで頭を抱えていたその少女が立ち上がった。
「あ、あなた達がさっきの魔物を追い払ってくれたんですね?あの…ありがとうございました!」
 が、そのまままた座り込んでしまった。
「おいおい。大丈夫かよ?」
 少女を見下ろすアルベルトの前で、少女は恥ずかしそうに頭に手を当てた。
「あ、あははは…安心したら力が抜けちゃって…」
 空笑いを浮かべる少女に、リュートも安心したような顔を向けて言った。
「どうやら、大丈夫そうだな。俺はリュート。こっちのでっかいのがアルベルトだ」
「あ、あたしは保安局刑事調査部第四捜査室配属、ルーティ・ワイエスです!」
 慌てて立ち上がり、ルーティはリュートとアルベルトに挨拶をする。
「あのー、ところで…」
 その途中で、ルーティは一縷の望みを乗せてリュートに聞いてみた。
「リュートさん、ここってどこか分かります?」
「さあ?俺も迷った口なんでね。なんとも言えねえ」
 軽く肩をすくめるリュートを見て、ルーティが大きくため息をついた。
「やっぱり知らないか〜。夢にしちゃやけに現実的だし。一体どう言うことなんだろう?」
「どうやら、全員迷い込まされた口らしいな。くそっ!」
 悔しそうに壁を殴るアルベルトを片手で制して、リュートが口を開いた。
「とにかく、移動しようぜ。もっと他にも同じような境遇の奴が居るかも知れねえからな。ルーティ、一緒に来るか?」
「はい!リュートさんアルベルトさんよろしくお願いします」
 なんだか張り切っているルーティに苦笑を返し、リュートがこう付け加えた。
「ルーティ。敬語は止めてくれ。慣れてねえんだよ」
「そう?それじゃあ…改めてよろしく、リュートさん、アルベルトさん」
「よし。じゃあ行くか」


 一方その頃。アスとトリーシャも似たような魔物に遭遇していた。
『グロ…ケ、グ…』
「アス君、下がってて」
 アスを庇うようにして立つトリーシャに、アスは軽く首を振って応える。
「僕は大丈夫です。自分の身は自分で守れます」
 そう言ったアスは、魔法を放つために一時目を閉じた。
「へー、キミも魔法を使えるんだ。」
 感心しているらしいトリーシャを無視して、アスが目を見開いて手を魔物にかざす。
「カーマインスプレッド」
 真紅のエネルギーが魔物に集中し、大爆発を起こす。
 …ハズだったのだが。
「あ、あれ?失敗みたいだね」
「そ、そんな……まさか!」
 魔力どころか煙さえ発されない自分の手を眺めていたアスは、とある結論に達した。
(ここは……僕の居るべき世界じゃない…そう言うこと、か)
 悔しそうに手を握りしめた時、
「危ないっ!」
 トリーシャがアスを引っ張って無理に移動させた直後、正体不明の化け物が放った魔法が床を舐めて過ぎていった。
「アス君、大丈夫だった?」
「え…あ、はい…すみません」
 数秒遅れて事態を理解したアスに優しい笑みを向けてから、トリーシャは魔物に向き直った。
「ここは、ボクが何とかしなくちゃ…」
 魔物を睨みつけ、トリーシャは両手をかざす。
「アイシクルスピア!」
 トリーシャの魔力によって生じた魔法の氷が魔物に直進し、皮膚に炸裂する。
 が、ルーティの時と同じように魔法が効いた様子を見せることは無い。
「そ、そんなぁ」
 トリーシャは呆気に取られたようにしてその点を見つめている。
(これは…魔法を消失させている!?)
 そのことに気が付いて、アスは愕然とした気持ちになった。無効化した、と言う感じでは断じて無かった。当たる直前で消え去ったのだ。
(こんな存在が目の前に居るのに…僕には何も出来ない)
 アスが再度悔しさに沈みそうになった時、
「手助けが必要みたいやな」
「えっ?」
 魔物の向こうから声が聞こえ、剣を抜く音がトリーシャの耳に入った。それとほぼ同時に、
「月影斬!」
 背後からの斬檄で、魔物が真っ二つになって絶命した。
 その肉片が床に着く前に、その魔物はまたも消えていった。
 そんな様子を気にすることも無く、刀を右手にぶら下げた人物がこちらに近寄って来る。
「こいつら、魔法が通じへんやろ?俺も挟み撃ちにされた時は焦ったわ」
 親しげに話し掛けてくるダークエルフに、トリーシャは軽く構えを取って訊ねる。
「あなた、誰なの?」
 そんなトリーシャの態度に、男――フォシルは首をかしげてみせた。
「トリーシャ、もう忘れてもうたんか?少し会わんかったからってそれは無いやろ?」
 フォシルの言葉に、トリーシャが戸惑った声を上げる。
「ボク、あなたとは初対面だと思うけど」
「は?」

 しばらく会話を交わしたトリーシャとフォシル。その間、アスはここでできる事の確認をしていた。
「…つまり。俺の知っとるトリーシャとアンタは別人、っちゅう事やな?」
「そうなるね。フォシルさん」
 二人がその結論に達した時、アスも一つの事を理解していた。
(ここでは、僕の力は一片も振るう事が出来ない。そして、ここにいるトリーシャさんは僕の知っている彼女とは別人、か… …このままだとトリーシャさんたちの足手まといになるかな)


 その頃、遠く離れた場所(とは言っても同じ迷宮内)の一角で、三人の男女が会話を交わしている。
 紫の長髪の男と銀髪の男。この二人は制服らしき物を着ている。もう一人の赤髪の女は、赤いスーツに身を包んでいる。
「つまり、ここはミッション授業の最中じゃねえ、っつう事だな?」
 紫の髪の男、ルシードが確認するような口調で女に聞いている。
「ええ、恐らくは。君の話を聞いている限り、ここはミッション授業って言う仮想空間などではないようね」
「でも、それじゃあどうして俺達がここに居るんだよ、ヴァネッサ」
 ヴァネッサに銀髪男、アレフが聞いてくる。が、それに答えられる素材を持っている人物はここには居なかった。
「さあ?私にも分からないわ。ただ一つ言える事は…」
 そこで言葉を切り、ヴァネッサは一方向を指差す。
「こんな行き止まりになってる場所に居ても仕方ないから先に進むしかない、って事よ」
「はっ。違いねえな。行くか」
「そうだな」
 どこか楽しんでいるようにも見えるルシードに同意して、アレフも立ち上がった。
「さあ、こんな迷宮さっさと脱出しちゃいましょう」
『おー!』
 ヴァネッサの声に、ルシードとアレフの声が重なって響いた。



 ここはどこかの部屋のようだ。薄暗い明りの元、全身を黒いローブでつつんだ人物の右手の上に水晶球が浮かんでいる。
 その中の風景を眺めていたその男は、退屈そうにつぶやいた。
「思っていたよりも普通の反応をするのですね。これでは面白くありません」
 言葉を発している男の後方には、真紅の鎧に身を包んだ男が黙って立っている。
「どうしましょうかね…そうです。こんな物はどうでしょうか?」
 なにやら名案が浮かんだらしいその男が指をパチンと鳴らすと、水晶球の内部に新たな風景が映し出された。
 それを見て、鎧の男が言葉を発する。
「主よ。同士討ちですか」
「ええ。その通りです。皆さんはどのような行動に移すのでしょうかね。フフフ……」

<中の巻に続く>

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