【ザバダック】


1. 初めに:メンバー紹介と歴史について
 ザバダックというバンドは1986年に一枚のミニアルバム“ZABADAK-T”と共にデビューしたバンドです。
 メンバーはメインボーカルの上野洋子、ギター等の楽器とボーカル担当の吉良知彦、作詞担当の松田克志の三人でした。

 その後、二枚のアルバムを出したところで松田克志が脱退し、実質二人で運営していた場bどとも言えなくもありません。
 ですが、この初めの二枚のアルバムに入っている曲の中には、後々ベスト版やライブで何度もアレンジされたり再収録されたりしている曲があることからも、一種のザバダックらしい曲がいくつもあった事が想像できます。
 中でも、一度発表の中で流した“EASY GOING”“BLANCHE”などは、僕の中でのザバダックのイメージを固定するのに大きな役割を果たすこととなった曲たちです。

 さて、その後の活動は、おもにライブとアルバム作成、その片手間に様々なコマーシャルソングを作成していくといった感じでした。アルバムを一枚出すごとに様々な顔を見せるザバダック。ある意味まとまっていない音楽性の中で、かつ確固たる個性を表現している、複雑なバンドのように思えます。
 もう一つ複雑なバンドであると感じることは、音楽会社を転々とした事です。デビュー当時は東芝EMIでしたが、三年後アルファムーンレコードに移植、そこから五年後バイオスフィアレコードに移植。さらに二年後デビュー十周年を期にポリスターに移植、そして2000年にバイオスフィアレコードに復帰しています。

 さて、順調にマニアックな音楽を作りつづけてきたザバダックでしたが、初期の頃から形を転々としてきた事が原因で、それについて行けなくなった(らしい)上野洋子が1993年のコンサートで脱退し、その後は吉良知彦だけがメインのバンドとなりました。
 上野洋子が脱退するまでのザバダックは民族音楽、特にアジアの民族音楽といったイメージでしたが、その反動のごとく脱退後初のアルバム“音”では吉良知彦らしさというか一般的な観点から見ると「変な」曲が多数収録されたものとなっています。
 その後は一度普通のバンドのような曲を作っていた時期もありますが、最新のアルバムでは初期のザバダックに近い民族音楽系統の曲がメインであり、吉良さんの一風変わった歌も入っているアルバムとなっています。やはりザバダックといえばこういう音楽なのだなと思える曲たちです。


2. 次に:脱退後の上野洋子とザバダック(第二期ザバダック)について
 上野洋子はザバダックを脱退した後最初は主に一人で活動していましたが、その時歌っていた曲はザバダックで歌っていた上野洋子独特の透き通るような曲が中心となったものでした。
 また、“歌詞がついている曲が一つだけで後の曲は多重コーラス”と言う少し変わったアルバムを出していたりしますが、何を歌っても上野洋子らしさが損なわれていないということはとても凄いことなのではないでしょうか。
 現在は1999年に結成されたマーシュ・マロウという五人組のバンドでのアルバム作成に向けて頑張っているようで、個人的にも待ち遠しいです。このバンドについては詳しいことは分からないのですが、上野さんは作曲も担当しているようです。

 さて、吉良知彦だけがメインとして活動することとなったザバダックですが、アルバムを一枚出すごとに色々なゲストボーカリストを迎えて作成しています。上野さんが脱退してから、当時で七枚のアルバムを作成しているので、計算上六人から七人のゲストの人が参加していることになります。その中で僕が良く覚えている人は、高井萌さん、小峰公子さん、キャラ・ジョーンズさんです。

 高井さんはアルバム“はちみつ白書”でゲスト参加した人で、これまでのザバダックとは一味違ったアルバムの作成に一躍担っているその声は、とても印象に残っています。ただ、そんなアルバムであっても、吉良さん独特の変な音楽も忘れてはいないあたりもこのアルバムの特徴の一つになっていることでしょう。

 キャラ・ジョーンズさんはアルバム“音”“賢治の幻燈”で参加している人で、名前から想像できるとおり、英語の歌を担当しています。ジョーンズさんが参加した音というアルバムは上野さん脱退後初めて出されたアルバムで、吉良さんの独特な変な音楽が満載の曲たちに埋もれることなく響くジョーンズさんの歌は、一度聞いたら忘れることが出来ませんでした。

 もう一人の小峰公子さんは、ザバダックに前々からコーラスとして顔を出している人で、吉良さんの奥さんでもあります。小峰さんは自分のバンド“KARAK”を結成していて、そのアルバムに吉良さんが参加したりしていることもあります。小峰さんがザバダックで歌う曲は、静かな曲を主に歌っていた上野さんとは違って明るい曲が多く見られます。

 そして、第二期の吉良さんの紹介にはアルバム“賢治の幻燈”を挙げたいと思います。
 このアルバムは宮沢賢治さんの書いた、銀河鉄道の夜などの様々な物語を音で表現した、いわゆるイメージアルバムと呼ばれる類のアルバムなのですが、一曲一曲がザバダック特有の一種の優しさにあふれたメロディと声で、とても綺麗な曲たちだと感じました。目をつぶって聴いていると、光景が目の前にあふれてきます。


3. そして:ゲーム音楽とザバダックについて
 すこし話がそれるのですが、ここでゲームの音楽について少し述べたいと思います。
 大抵、あまりゲームをしない人のゲーム音楽に対する感覚というのは、「たかがゲーム音楽」というものであるように感じられます。
 そして、そう言う人たちの中には映画のサウンドトラックを絶賛する人も多くいるのです。ですが、映画の音楽とゲームの音楽の間に違いという物が在るのでしょうか?
 確かに、ゲームで使われる音楽はゲーム機の内蔵音源を使用していますから、少しぎこちなくなるのは分かると思います。しかし、映画に音楽が必須なものであると同意に、いえ、時にはそれ以上に、ゲームでも音楽というものは必須項目なのです。そして、それらの音楽は映画音楽と比較した時にも何ら目劣りのしないものであるのです。

 話を戻しますが、最近のゲームはソフトがカセットROMからCD-ROM(もしくはDVD-ROM)に移ったことによって大幅に使用可能な容量が増えてきました。そのおかげで、オープニングやエンディングにアニメーションが流れたりするようになり、そういった場面では大抵歌が流れる事が多く見受けられます。
 そして、最近プレイしたゲーム「クロノ・クロス」にザバダックの面々が参加していたのです。オープニングのギター演奏を吉良知彦さんが、エンディングのギターを吉良知彦さん・ボーカルをみとせのりさんが担当されていました。
 このゲームの音楽担当をしている人のゲームは過去いくつか手にした事があるのですが、イメージがザバダックに感じたイメージに通じるものがあり、いつかこの人とザバダックで共演してくれたら嬉しいなと思っていた矢先の出来事だったので、凄く印象に残るゲームとなっています。

 この他にも、ゲーム音楽にもサウンドトラックと言うものがあります。ただ、映画などのサントラとは違って、ゲームの場合は大きく二つに分かれます。
 一つはオリジナルサウンドトラック。これはゲームで使用された音楽をそのまま再収録するか、或いは改めて録音しなおしたアルバムです。
 そしてもう一つがアレンジアルバムと呼ばれるもので、これはそのゲームで音楽作成を担当した人が音楽をいくつか抜粋してリアレンジを施して一枚のアルバムにまとめたもので、時には全く違う曲だと感じるほどのアレンジが為されることもあります。

 さて、そのアレンジアルバムにて、上野洋子さんが参加しているものがいくつかあるようです。手元にも数枚あるのですが、どの歌も上野さんらしさがあふれんばかりの優しいイメージの曲ばかりです。
 そして、みとせのりこさんとそのバンド「キルシェ」については知っていることをあらかた発表で話してしまったのでここでは省略させていただこうと思います。


4. 最後に:自分にとってのザバダックとは?
 僕がザバダックに感じた第一印象は「どこかの民族音楽っぽいな」と言ったことでした。そしてその頃よく聴いていたものが北欧の民族楽器を取り入れた類の音楽だったので、安直に「ヨーロッパのイメージ」と考えていました。
 しかし、ザバダックのイメージはどこかしら北欧とは違った印象を受けていたことは事実でしたので、では何処の民族音楽のようなのかを前期の発表の後考えてみました。
 結果、ザバダックの音楽はアジア系の民族音楽にも通じるものがあることを感じ、「ザバダックは北欧のイメージをアジア系の民族音楽で表現したバンド」であるという結論に達しました。
 一見全然筋の通っていない話に見えますが、僕の中でのイメージにはしっくり当てはまる表現です。
 そして、自分にとってザバダックはどういった位置付けであるのかを考えた時、「疲れたとき、悔しい時に優しく包み込んでくれる歌」が上野さんや何人かのゲストボーカリストの人たちによる歌であって、「様々な問題を考えさせられたり、つい集中して聞いてしまうような一風変わった歌」が吉良さんや高井萌さんによる歌であるという位置付けが自分の中にありました。
 吉良さんの独特の歌を表現するのに「変な」という代名詞を幾度か使ってきましたが、それはそのまま僕のザバダックに対するイメージとなったようです。
 つまり、一言でザバダックを表現するとするならば、「癒し系かつシュールなミュージシャンたち」となるでしょう。
 そして間違いなく言えることは、「ザバダックの歌全てが、自分に目に見えない何かを持ってきてくれるすばらしい歌」だということです。
 

2000年11月3日 記


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