ELIGHBLE BLOODS 第2話
【覚醒・神埼 龍司の場合】



 そのとき、俺は一時間目の授業を受けていた。朝方家が半壊した事を除けば、これと言って特徴の無い一日になるだろう、そんな事を考えながら。
 ふと、ノートを取る手を休めて窓の外に目を向ける。朝から体育の授業らしき生徒の一団が、グラウンドを走っていた。
 …ご苦労なこって。
 そう言えば、家の修理はどうしようか?あそこは借家だから、勝手にいじるわけにもいかないだろうし。
 だからって、もう、あんな親に頼る事なんて真っ平ごめんだ。自分の事ばかり考えていて、相手の気持ちにかけらも気付こうとはしない。家庭の外に愛を求める、崩壊しきったあいつらを見なくて済むからこそ、俺はこの町に一人で帰ってきたんだ。
 これはあまり関係ないことだが、俺は小学校卒業までこの町で暮らしていた。中学に入る頃に父親の転勤に付き合って遠くに引越し…あの二人に嫌気が差した俺は単身、高校入学を口実にこの町に帰ってきた。
「おい神埼。授業中によそ見をするな」
 壇上からかかった声に、俺は意識を教室中に戻す。数学教師の…田辺だったか?田中だったか?名前は忘れたが、そいつが俺の方をにやついた顔で見ていた。
「丁度いい。この問題を解いてみろ」
 黒板に書かれた問題を指して、「どうだ!」とでも言いたげな教師。
 で、文章問題か。これは…
「仮定一を正とおく事を前提にして…」
 俺がスラスラと答えると、その教師は面白くもなさそうに顔をゆがめた。
「ふん。聞いているならそうと分かる態度を示しておくものだろうが」
 そんな呟きが、はっきりと聞いて取れた。
 前々から思っていた事だが、この教師、授業中不真面目でもないのに俺の事を何かと敵対視しているようだな。まあ、俺には関係…
(おーい)
 唐突に、頭の中に声が響いた。
「!」
 慌てて周囲に目を走らすが、俺の方を向いている奴は殆どいない。
 大概の生徒が内職を続けているらしい事と、俺に向けられる視線の主が他愛も無い噂話で盛り上がっている事は分かったが。
 …空耳か?そう思い直してシャーペンをノートに向けた時。
(この毒電波キャッチできる奇特な奴ぁいねーのか?)
 今度は間違いなく聞こえた。
 何処からどうやって言葉を伝えているのかは分からないが、確かに誰かの声が頭の中に響く。
(誰だ?)
 俺は好奇心から呼びかけに答えてみた。
(おっ!やっと居やがったか。探すのに苦労したぜ)
 その声は心底嬉しそうにそう言った。
(で。あんた、名前は?)
 何なんだ?こいつは。
(…名乗る必要なんて無い)
(ふむ…)
 俺が拒否すると、その声はしばらく沈黙してから言ってきた。
(神崎龍司、17歳。クラスは二年C組。…この教室じゃねーか)
「なっ!」
 気がついたときには、俺は短く叫んで席を立ち上がっていた。
「どうした?神崎。授業に文句でもあるのか?」
 嫌味そうな目を向けてくる教師に目をやり…
「先生、計算間違いです。最後の答えは34%ではなく29%になるはずです。式4から式5に展開する際に、最後の+5が消えています」
「は?……!」
 しばらく黒板を眺めていた教師は、慌てて書き直しに入った。
(律儀だねぇ。言わなくても良かったんじゃねえの?)
(その場のノリだ。あの教師に揚げ足を取られたくない、それだけの理由だ)
 理解不能な声にいちいち返している俺は、自分でも律儀だとは思うが。
(それで、お前は誰だ?)
 俺が問い返すが、
(名乗る必要なんて無い、じゃ無かったのかい?)
 完全に面白がっているとしか取れない答えが返ってきた。
(まあ、どうでもいいやそこんとこは。神崎龍司、授業を抜けられるか?)
 何がしたいんだ?この毒音波野郎は。
(あいにくと、途中退出は俺の性分じゃないんでね。用事があるなら授業が終わるまで待ってろ)
 そう返したが、こいつは聞いていたのか聞いていないのか。
(じゃあ、俺が学生らしい言い分で連れ出してやるさ)
 そんな事を言ってきた。
(一体何を…)
 俺の思考の途中で、
  ガラガラ…
「ちわーっす」
 一人の男が教室の扉を開けて入ってきた。
 緑のサングラスをして、青色の短髪。着ている服は何処にでもあるような白いシャツにジーンズ。これはそう売ってなさそうな薄紫色のジャケットを羽織っている。
 もちろん、声は先ほどまで俺の頭の中で喋っていた奴である事を示している。
「何だお前は?」
 あからさまにいぶかしがる教師と学生たち。…まあ、怪しいわな、そりゃ。
「校長先生に、このクラスの神崎龍司って奴を連れて来いって言われましてね。持ってっちゃっていいっすか?」
 なかなか、教師をなめた態度だ。それは評価しよう。だが、そんなあいまいな理由で生徒を連れ出す許可を与える奴は…
「校長先生が?それは大変だ。神崎、急いで行きなさい!」
 …忘れてた。こいつは、権力に屈するタイプか。
「…仕方が無いか」
 俺は立ち上がり、楽しそうにしている派手男を無視して教室を出た。
「神崎。人気の無い広い空間ってねぇか?」
 廊下を歩き出そうとした俺に、派手男が聞いてきた。
「…今、向かってる。体育館だ」
 俺はそれだけ伝え、止まりかけた歩みを再開した。
 
 
 
 そして、体育館にやってきた。
「で。あんたは何者で、俺に何の用事なんだ?『毒電波 派手男』さん」
「うわ。すっげー名前。かっこわりー」
 俺の問いに顔をしかめてから、すぐに笑顔に戻った派手男が答えた。
「俺の名前は『相澤 卓斗』(あいざわ たくと)。特にお前さんじゃなきゃダメって用事でも無かったんだけどさ」
 そう言って、相澤とか言う奴は数歩俺に近づいた。
「…『適格者』を探すため、ってことだな」
「!」
 気付いた時には、そいつの顔が俺のまん前にまで迫っていた。
(こいつ…瞬間移動でもできるのか?)
 そう思いながら数歩あとずさる。はっきり言って、どう動いたのかさっぱり理解できていない。
「おいおい。なーに恐がってんだよ?神崎。お前も『適格者』なんだろうが」
「『適格者』?何なんだそれ」
 俺は思いっきり眉をひそめ、相澤をにらみつける。
 そんな俺の言葉に、相澤は右手を頭に当てて言った。
「おいおい、マジかよ?お前さん理解してないって?それじゃ…」
 相澤の言葉が、徐々に低いものとなっていく。それに合わせるかのように、周囲の温度も急激に低下していくように感じられた。
「理解してもらわなくちゃな」
 見る人を無条件で凍りつかせるような、冷たい笑み。そんな笑みを浮かべながら、相澤が動いた。
「っ!」
 今度は集中していたから辛うじて視覚が捕らえたが、それに運動がついてこなかった。
「おらぁっ!」
 踏み込んだ相澤の回し蹴りが、まるで丸太のように突っ立ったままだった俺を蹴り飛ばした…のだと思う。確証も何もあったもんじゃない。避けなければ、そう判断した瞬間には既に壁に背中を打ち付けていた。
「っかぁ〜。弱いな、お前」
「ぐ…言ってくれるじゃないか」
 俺は何とか立ち上がり、体勢を整える。棒か何かあれば、何とかしのげるとは思うんだが…
 自慢じゃないが、棒を使った護身術にかけては自身がある。高校に入るまで殆ど毎日練習していたからな。
 とは言ってみるものの、近場にある棒、で思いつくのは長刀部の部室くらいか。
「そこまで…持つかねぇ?」
「!」
 こいつ…俺の思考を読んでいる!?
「まあな。俺は珍しく、二つの能力(ちから)を持っていてな。一つはこのテレパシー。近場の奴で俺が意識を向けている人間の考えなら丸分かり、って訳さ」
「…じゃあ、もう一つは何なんだ?」
 俺は内心焦りながらも、何とかこの場を切り抜ける策を考えていた。…どれもこれも、役には立ちそうにも無いが。
「俺の能力、見たいか?じゃあ、見せてやるさ」
 相澤の言葉に合わせて、奴の周囲に白い何かが現れる。あれは…
「…氷か?」
 俺の疑問に答えるように、氷の粒と化した空気中の水分が、一斉に俺めがけて降り注いだ。
 何とか避けることが出来たと思った瞬間…
「ぐあっ!」
 背後から背骨が折れるかと思うような衝撃が襲った。
「察しの通り、氷だぜ?」
 後ろに回りこんでいた相澤の、肘鉄か何かだろう。…死ぬかと思ったぞ。
「さあ、もうそろそろ覚醒してみせろや。お前に俺のテレパシーが届いたって事は、お前も『適格者』なんだからな」
 相澤の声を聞きながら立ち上がろうとしたが、体中の筋肉が言う事を聞かなくなっていた。
「あー、ちょっと温度下げすぎたみたいだな。体が凍っちまったかい?」
 なるほど。空気中の水分を凍らせるような変な奴にかかって、俺はこんな所で死ぬのか。
 人生、これからだってぇのに…なさけないな。せめて、美奈に迷惑かからないように関係ない所で死にたかったものだ。
「!…並木美奈。『適格者』か」
「な…?」
 俺の思考を読んだんだろう、相澤が驚きの表情をしている。いや、そんな事はどうでも良い。今、コイツは何て言ったんだ?美奈も…この変な奴と係わり合いがあるのか?
「ほー。お前を通して見た限りでは、お前と一緒でまだ未覚醒みたいだな、並木美奈って子も」
 そう言って、相澤は体育館の出口に向かって歩き出した。
「ど、何処へ…?」
 凍える唇を震わせて聞いた俺を振り返り、相澤があの冷たい笑みを浮かべた。
「どうせお前は死ぬんだ。覚醒させるなら、野郎より可愛い女の子の方がいいだろう?」
「!」
 その一言で、凍りかけていた俺の思考が動き出した。
 今、コイツを外に出したら確実に美奈のところに向かい、そして俺の時のように能力とやらを覚醒させるためだけに美奈を襲う。……それだけは、そんなことだけはさせられない。させて…
「たまるかってんだぁーーー!!!」
 俺は無我夢中で立ち上がり、相澤の背中に向けて拳を振るう。
「無駄なこ…あちっ!」
 避けようとした相澤の背中が、一瞬炎に包まれた。
 その炎はすぐに氷に消されたが、相澤は俺に向き直って怒鳴った。
「てめー!俺様の一張羅燃やす気か!?」
「は?」
 俺…ですか?
 何が起こったか分からないまま右手を見ると、そこには俺の拳を包む炎があった。
 熱くは無い。反対に、心地良い。昔なくしてしまった大切なものを見つけたときのような…そんな充足感が俺を満たしていた。
「これが、俺の能力…なのか?」
 確認するように相澤を見やると、苦々しい表情で返して来た。
「ああ。しっかし、選りにも選って炎かよ?相性最悪だな、こりゃ」
 そうか。これが俺の能力か。
「この力があれば、お前から美奈を護る事が出来るんだな」
 確証を持って、俺は右手を前に突き出した。わだかまっていた炎が一つの棒のように集まり、炎の槍を形成する。
「上等じゃねえか。能力に目覚めたばっかの新人が、この相澤卓斗様に敵うとでも思ってるのかねぇ?」
 挑発するようにそう言って、相澤が左手を前に出した。
 そこに、氷の大剣が出現する。
「敵うか敵わないか、なんて問題じゃ無いのさ、今はな」
 昔とった杵柄、俺は槍を構え、いつでも攻撃できるようにする。
「美奈っていう、お前の女を守るために、って事かい」
 左手一本で大剣を斜めに持ち、相澤も構えを整える。
「俺の女じゃない。俺の、唯一家族と呼べる従妹を守るためだ」
「上等!かかって来いよ、炎上野郎」
「後悔するなよ、毒電波!」
 
 日常にあるはずの生活が、音を立てて崩れ去っていく……
 
 
続く
 



あとがき
 
デジ:はい!書き終わりましたELIGHBLE BLOODS第2話、神崎龍司の場合!
龍司:どうでもいい事だがな、作者?
デジ:はいはい?
龍司:今更、5年前にポシャった作品の主人公の名前なんか使うんじゃない。
デジ:そ、そこには触れないで!漢字の名前って難しいんだから!
龍司:まあ、それはもうこの際関係ない。実際、俺も日の目見れて嬉しいんだしな。
デジ:じゃあ、そう言うことで。お開きにしましょうか?
龍司:もう一つ。山本山は止めい。
デジ:ま、また名前ですかぁ?
龍司:なみきみな。下から読んでもなみきみな。単純な奴だな。
デジ:ううっ!良いじゃないですか名前なんてぇ〜!これでも結構考えたんですからぁぁぁ!!!
龍司:あ、泣いて去ってった。まあ、いいか。
美奈:と言う事で、次は神瞳と小林奈津美の対決から!
龍司:美奈!いきなり出てくるんじゃない。
美奈:(無視)またお会いしましょう〜。
 

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送