ELIGHBLE BLOODS プロローグ
【発端・運命のルーレット】



「出力カウンターが下がりません!」
「室内温度35度を突破!いまだに上昇を続けています、冷却が追いつきません!」
 日本のある場所に位置するある研究所にて、まるで機関銃を乱射するかのように次々と悪い状況を報告される。
 その研究所の主任でもあり、『博士』という愛称で親しまれてきた白髪の老人は、その状況にただただ頭を抱えて崩れるしかなかった。
「な、何故このようなことに………」
 愕然とした表情を浮かべながら、憎々しげに己の手を握り締める。
 彼の研究はハッキリ言って、胸を張って言えたり、他人様から誉められたり尊敬されるような研究内容ではなかった。だからこそ、失敗など絶対に出来ないことである。
 だから、幾重にもシュミレーションを施した後になり、ようやく研究にこぎつけられたのだが……
「マズイ……マズイぞ」
「大変なことになってしまいましたね。博士」
 この状況になりながらも、冷静…いや、あまりにも冷静な声に背筋を凍らせながらも、博士は驚愕の表情をさらに濃くしながら振り返る。そこには、年齢は大体20歳前の色白だが、貧弱というよりも美しさの雰囲気を持つ青年が薄っすらと微笑を浮かべながら立っていた。
 その表情を見て、博士はさらに背筋を凍らせた。だが、その『愛弟子』の異様な笑みに、博士は顔を歪めながら尋ねた。
「お前、なんでここにいるんだ?たしかお前の担当はここじゃなかったはずだが」
「いえ、後学のために少し暴走の際の対応について見学したくって」
「ま、まさかお前が『コレ』を……!」
 自分の愛弟子が犯したことを悟り、博士は愛弟子の胸に掴みかかる。そして声を荒げながら詰問した。
「キサマ分かっているのか!?『コレ』が日本に散らばれば、どういうことになるのかを!?」
 しかし、愛弟子はあくまで冷静な笑みを浮かべたまま、博士の手を軽く払ってから口を開いた。
「ええ、十分理解してますよ。だって、ボクも『適格者』ですから」
 その言葉に、博士は怒りのために紅潮していた顔を、急速に青ざめていった。
 が、その瞬間に博士の視界が赤く染まった。
 それが自分の体を先ほどまで駆け巡っていった血液だと知る頃には、博士の意識は闇の中に沈む直前であった。血の海に沈んでいる、自分の下で働いてくれていた部下達の姿を、思考の奥深くで確認しながら………

 その数秒後。研究施設が盛大な音を立てて爆砕、崩れ去った。



『…繰り返します。本日早朝、○○県某所にて、外資系医薬品会社シュメルケの製薬工場が突然爆発し、一瞬のうちに崩れ去りました。 詳しい情報は入ってきていませんが、被害は相当なものになると予想されます。もう一度繰り返します、……』
「ふ…ふふふふ……」
 部屋の自室。夜中眠れずに目を覚ました俺は、テレビの臨時ニュースを見ながら声をあげていた。
 俺の中で感情が動き、やがてそのうねりは最高潮に達した。
「ははっ、あはははははははは…!」
 俺は床から立ち上がり、上空の薄暗い空を見上げる。
 べつに、只の借家が吹き抜けのような洒落た構造をしているわけじゃない。それでも、俺の真上には『夜空』が広がっていた。
 ふと我に返ると、俺の携帯がけたたましい音量で鳴り響いていた。
 知り合いからの電話に出ないわけにも行かず、俺はコールボタンを押す。
「何だ?こんな朝っぱらから」
『何だ、じゃないでしょう!お兄ちゃん、家大丈夫だったの!?』
 電話の主は、朝の頭にはきつい高い声でそう尋ねて来た。
「…大丈夫って、何が」
『テレビ見てなかったの?あの製薬工場って、お兄ちゃんの家のすぐ近くじゃない!』
 俺が聞くのを知っていたかのように素早く帰ってきた声に、一瞬閉口してしまった。それから、ゆっくりと答えを返す。
「…大丈夫だ。ただ…」
『ただ?』
 俺はもう一度真上を見上げ、太陽光に薄れ行く星空を見つめた。
「天井が、吹き飛んじまった」
『………』
 流石にそんな応えは予測していなかったのか、電話の主も絶句したようだ。
 
 俺の名前は神崎龍司(かんざきりゅうじ)。只今高校二年で親元を離れて一人暮らしをしている。
 そんな俺の暮らしていた借家。その屋根が近場にあった悪い噂の絶えたためしがない工場の爆破によって綺麗に吹き飛んだのは今朝のことだ。
 俺はさっさと授業の用意を済まして、高校へと向かった。
 …完全に、現実逃避とも言う。
 友人の少ない俺は、廊下ですれ違った先生や生徒と軽く挨拶を交わしながら教室へと向かう。
 (ガラガラ…)
 特に知り合いが居るわけでもない教室の扉を開けると、半分予想していた声が響いた。
「あっ、お兄ちゃん!大丈夫だったの?」
「…学校でその呼び方はやめろ。勘違いする奴もいるだろうが」
 声の主を見るまでも無くそう言って、俺は自分の席に向かった。俺が座ると同時に、先ほどの声の主が俺の眼前に回りこんできた。
「相変わらずクールぅ…って言うか、冷たすぎ!」
「やかまし」
 目の前に立った少女。高一で俺の従妹にあたる、並木美奈(なみきみな)。幼馴染って言う奴か?…腐れ縁か。
「家の屋根吹っ飛んじゃったんでしょ?どうするのよ!」
 美奈の声で、俺の周囲の動きが一瞬止まった。が、またすぐにそれぞれの会話に戻っていく。
 …ま、周囲の反応なんてこんなもんだ。
「大丈夫って言っただろう?さっさと自分の教室に帰れ、後輩」
「うー……分かったわよ!じゃあね!」
 それだけ言って、半分怒った美奈が教室を出て行った。あいつの教室は一つ下の階だ。
 まあ、どうせもうすぐ先生来るし、嫌でも教室に戻ってたんだけどな。
 
 
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
 
 
 ズドン―――――……!!!!!
「うわぁぁぁ!?」
 内臓を揺さぶると言うのだろうか?いや、体全体を揺さぶる大振動に、俺は自室のベッドから跳ね起き、その勢いで顔面から床に軟着陸をするという、とても他人には見せられないようなあられもない姿で目を覚ました。
 おかげで俺の目の前に、天使が星の飾りの付いた杖持ってクルクルと、見ていてムカつく踊りを踊っているような幻覚を見た。
 チクショー、なんてシュールでデンジャラスでバイオレンスな朝だ。
「チッ、くそぉ〜…一体なんなんだよチクショ〜……」
 俺は頭を激しく振りながら自問する。
 そう言や自己紹介がまだだったな。俺の名は『神瞳 貴則』。あっ、読み方は『しんどう たかのり』な。
 高校1年生のまだまだ青春街道まっしぐらな俺なんだけど、ちょっと俺は普通の高校生じゃないんだ。実は俺は、昔に起こった飛行機ハイジャック事件の生き残りなんだ。両親もそのとき死んじまったから、一人暮らし。他の親戚なんて誰も信用できない。そのときハイジャックしたのは、過激派っちゅーわけのわからない志を持った連中だったらしい。別に自分の志を持つのは良い事だと思うよ?でも、自分の自分勝手な『正義』で人を不幸にするってのが気に入らない。今、俺の目の前にそいつらが出て来たら、俺多分キレちゃうね。まっ、今の生活も結構気に入ってるから別に壊したくないけどな。
 でわ、ちょっくら俺を安らかな眠りから起こしたバカヤローに渇を入れに―――――
 俺は拳を固く握ったまま、ある光景を見て凍りついた。
 マジ………?
 その光景を見て思考までもが凍りつき、ようやく思考回路が正常運行を初めた瞬間の俺の感想が↑
「…………」
 俺の部屋の、ベッドとは逆方向に位置する窓ガラスが粉砕し、床にばら撒かれていた。でも、そんなことなんかどーでも良い。いや、良くはないが……
 なんと、窓に看板が深々と突き刺さっていたのだった……嗚呼、なんてシュールなんだ………
 しかも看板には………
『あなたの暮らしに安全を 家の保険は我々にお任せを 住宅安全保険』
「安心できねーよボケがぁぁぁーーー!!!」
 槍で突くように鋭く突き出された俺の蹴りによって、その、書いてあることが矛盾でいっぱいの看板は勢いよく俺の家と反対方向に飛び出し……
 ズガァァァーーーーーン!!!!!
 俺の家の反対にあった一軒家に強大な騒音と共に深々と突き刺さった。
「あっ、ヤベ………」
 なんかその家が急に騒がしくなる。俺は、何もしてない。俺は、何も見てない。俺はこのまま学校へ行く………O・K!!!
 俺は急いで着替えを済まし、空のカバンを脇に抱えて家を飛び出した。
 家の修理は携帯電話から業者に連絡を取るとして、朝飯は……久々に吉牛ででも食うか。まっ、俺は何も見てないんだし(関係無し)。
 そのまま俺は悠々と学校の方へと向かう。なんだか後ろの方が騒がしいけど、俺とはなんの関係も無い。他人の家に看板突き刺した奴なんて知らないし、そのままトンズラしようなんて奴も知らない。繰り返す…うん、俺には関係無いね。まったくと言っていいほど。
 俺はカバンからMDウォークマンのイヤホンを取り出す。耳に引っ掛けるタイプで、動き回ってもなかなか外れないところが俺のハートを射止めた。
 イヤホンを耳に装着してリモコンの再生ボタンを押す。今から聴くのは、俺がボーカルをやっている、ラップ調の歌を主流にしているバンド『Liger Ash』のオリジナル曲『Deep The Night』。もちろんラップ調の曲。
 するとイヤホンから、ノリの良いラップ調の歌が流れ出す。嗚呼、やっぱ自分の歌ながら惚れ惚れするなぁ………
 こうして俺は盛大に現実逃避しながら、学校へと向かった。
 ウチの近くの研究施設が爆発したのが原因だと知ったのは、学校でクラスメイトでもあり、ケンカ友達でもある『並木美奈』から聞いたときだった。チクショー、それじゃあ修理費請求できねーじゃねーかよ。
 あ〜あ、今日はバンド活動休んで家に帰ろ。そのときまでには修理も終わってるだろ。絶対…きっと……多分………
 
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 
 ここは何処かの研究施設のような、薄暗い室内。
 そこに一人の男が座っている。20歳代の色白の男。今朝の爆破事件現場にいた男である。
 男は薄暗い空間に目を向け、まるでそこに何かが居るように目を細める。やがて…
「そうか。『適格者』の烙印…現れたか」
 闇そのものに話し掛けるようなその男は、静かに続けた。
「ボクの望んだ存在が、見つかるといいんだけど…」
 その後、まるで何も存在していなかったかのように。空間を静寂だけが支配した。

 幾人もの人間に課せられた数奇な運命のルーレットが

静かに動き出そうとしていた
 

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