<悠久物語外伝> 絶対的な一期一会


 ここはエンフィールド。様々な人が様々な思いで生活している平和な、いや、常にドタバタに巻き込まれている町である。
 そんな町に、新たな旅人が訪れた。
「おー。ようやく新しい町に着いたわ」
 その旅人は、肩から下げた大き目の皮袋を担ぎなおした。
「さて。まずは腹ごしらえやな」
 そう言って、彼は町の中心に向けて歩き出した。
 (カロロン)
「いらっしゃーい・・・って、あれ?」
 店の入り口を押し開けた人物にパティが近寄っていく。
「見ない顔ね。旅人さん?」
 入ってきた人の髪は薄い水色の長髪の男で、黒い目が面白そうに周囲を見回している。
「まあ、そんなとこやな。ここは、飯作っとるんやろ?」
「ええ。お食事ね?」
「おう。お勧め料理を3品ほど頼むわ」
「分かったわ。ちょっと待ってて」
 注文を取り終えたパティが厨房に入って行くのを見送って、彼は近場の席に座る。
 その間周囲を見回していた彼の視界に、いきなり顔が映った。
「おわっ!」
 驚いて腰を浮かせた彼に、その人は面白そうに笑いかける。
「アハハハ。ごめんごめん。なんだか初めて見る人だったから」
「あ、えーと・・・ハハハ」
 とりあえず座りなおした彼に、その人が話し掛ける。
「ねえねえ、旅の人?」
「ああ。まあな」
「名前は?」
「フォシル・ラーハルト。ダークエルフや」
「ふーん。あ、ボクはトリーシャ・フォスター。よろしく、フォシルさん」
 これが、フォシルのエンフィールドでの生活の幕開けであった。

 陽のあたる丘公園、そこにある一番大きな木の下にテイルはいた。
 もはや指定席のようになってしまっているその場所で、テイルは本を片手に夢の中へと旅立っていた。ちなみに本のタイトルは『なんちゃって地蔵お供え物盗難事件』だ。
 そんなテイルに近づく影が一つ。
「・・・テイル、おいテイル。起きなよ」
「ん〜・・・ん?・・・あれ?リサさん。おはようございます、どうしました?」
 そう、それはリサだった。
「おはようテイル。こんな所で寝てると風邪ひくよ」
「そうですか?これだけ暖かいと大丈夫じゃないですか?」
 確かにテイルの言う通りエンフィールドはゆるやかな陽気に包まれている。テイルではないが惰眠をむさぼりたくなるような感じだ。
「ところで・・・リサさん、私に何か用だったんですか?」
「いや、これからさくら亭に帰るからさ。テイルは?まだここにいるのかい?」
「そうですね〜・・・お腹もすいてきた事ですし、私もそろそろ帰りますか」
 そう言ってテイルは上体を起こすと、横にいる何かに向けて話し掛けた。
「レム、起きてください。帰りますよ」
「ん〜?・・・やめろ、俺はナタデココじゃない!俺はパンナコッタだ!」
「・・・なんの夢を見てるんだいこの子は?」
「さぁ?なんでしょう?」
「やめろ、やめてくれ〜・・・はっ!・・・ふぅ、夢か」
 レムは勢いよく起き上がると、周りを見回し汗を拭くような仕草をした。
「・・・レム、あんたどんな夢を見てたんだい?」
「ん?あぁ、確か空の彼方から大きなつちのこがやって来たと思ったら、“ナタデココはいねがぁ、ナタデココはいねがぁ”と言いながら追い掛け回してきて・・・」
「・・・もういいよ」
「レム、そろそろさくら亭に帰ろうと思うんですが」
「ん?そうだな、腹も減ってきたし、帰るか」
 レムは飛び上がると、これまた指定席となっているテイルの頭の上に座る。
「さて、それでは行きましょうか」
「そうだね」
「おう、さっさと行くぞ」
 そう言って三人は、さくら亭へ歩き出した。
 そして少し時は過ぎ、三人はさくら亭の前に到着した。まず最初にリサが、次いでテイルが中に入る。それに気付いたパティが三人に声をかけた。
「おかえりなさい。一緒だったの?」
「いや、公園で見つけてね」
「何でもいいからメシ〜!」
「レム、そんなに急がなくても料理は逃げませんよ」
 そう言ってテイルが何気なく店内を見回したとき、ある一人の青年と目が合った。
 黒い瞳を持った、なんだか不思議な違和感がある青年。それがフォシルとテイルの出会いだった。

 目が合ったフォシルは、目線はそのままでテイルに近づいていく。
「あんた、この町の人間か?」
「え?・・・厳密には違いますね。まあ、今はこのさくら亭に宿を取っていますけど」
「ほー」
 テイルをじろじろと眺めていたフォシルは、腰のところで視線を止める。
「えらく良い刀やな、それ」
 フォシルの視線の意味に気がついたテイルが、刀の柄に軽く手をかける。
「ああ、これですか?これは夕凪と言って・・・」
 テイルが説明をしようとした時、
 (キィン)
 唐突に繰り出されたフォシルの剣を、テイルの夕凪が顔面すれすれで受け止めていた。
 平然としているテイルの頭の上で、レムは眼を見開いて硬直している。
「なるほど。宝の持ち腐れ、って訳や無さそうやな」
「お前!何をやって・・・」
 ナイフを抜こうとしているリサを目で制したテイルは、相手の剣を軽く横に流した。
 流された剣を何事も無かったように鞘にしまうフォシルに、テイルも夕凪を戻す。
 そこまで終わって、フォシルは初めてテイルに笑いかけた。
「悪かったな。武器マニアの俺としては、良い武器はそれ相応の所持者に渡って欲しい思うとるだけや」
「まあ、構いませんよ。・・・多少、驚きましたけどね」
「た、多少じゃないだろうが!お前俺たちを殺す気だったのかよ!」
 頭の上で怒っているレムを不思議そうな眼で見ていたフォシルだが、結局無視してテイルに話し掛ける。
「まあ、えっか。俺の名前はフォシル・ラーハルト。短い間やけど、この町に滞在することになっとるからよろしゅうに」
「私の名前はテイル・ムーンライトと言います。頭に乗っているのは精霊のレムです」
 丁度そこで、少し席を外していたトリーシャが帰ってきた。
「あっ、テイル君いたんだ」
「こんにちはトリーシャ。今帰って来たところなんですけど」
 テイルとフォシルが二人並んで立っていることに気がついたトリーシャは、さも残念そうに肩を落とす。
「もう〜。せっかくテイル君にフォシルさんを紹介しようと思ってたのに、もう会っちゃったんだね」
「ん?トリーシャはこのヤローの事を知ってるのか?」
 レムの質問に、トリーシャではなくフォシルが答えた。
「いや、さっきここで会ったばっかや」
「うん。それでね、今からこの町を案内してあげるんだけど。テイル君も来る?」
「うーん。ご一緒したいんですけど私とレムは今から食事ですから」
「おう!俺は飯を食うんだ!お前ら邪魔するんじゃねえぞ」
「そっかー。それじゃあ、しょうがないよね」
 残念そうなトリーシャの表情に気がついたのか、フォシルが話し掛ける。
「せや、飯食い終わってから一緒に行ってくれへんか?もうちょっとアンタの刀見てみたいし」
「ええ。フォシルさんがそれでよろしいのならご一緒しますよ」
「よし。それでええかトリーシャ?」
「うん!ボクはそれでいいよ」
 そして、テイルとレムは少し遅い昼食を取る事が出来た。
 その横で、フォシルが夕凪を眺めている。
「これは相当の業物やで。テイル、この夕凪どこで売っとったんや?」
「あ、その刀は私の父の作なんです」
「ほー・・・って何!お前の親父の?」
 これ以上無いというほど驚いているフォシルに、テイルはコクンとうなずいて見せた。
 その間も、どんどん料理が消えていっている。
「テイル君のお父さんって、すごくいろんな事をしている人みたいだよ」
 その横で(テイルにおごってもらった)ケーキを食べているトリーシャが話しに入ってきた。
「ところで、フォシルさんの武器ってどんななの?」
 訊ねるトリーシャに、フォシルは鞘ごと腰から抜き出して手渡した。
「俺の武器は銘が入っとらんかったから勝手に付けた名前がある。小烏や」
「コガラス?」
「ああ。ちょっと鞘から出してみ」
 トリーシャがその剣を抜いてみると、それは刀身が烏の翼のように黒く光っており、少し変わった刃を持っている事が分かった。
「真ん中まで片刃で、そこから先が両刃?」
「小烏は鋒諸刃作(きっさきもろはづくり)言うちょい変わった造りの直刀なんや」
「ふーん?」
 フォシルの説明に、トリーシャは曖昧に相槌を打っている。
 まあ、普通の人はそんなことどうでも良いような内容だからね。
 そのまま武器の知識をフォシルが話しているうちに、テイルとレムが食べ終わったようだ。
「お待たせしました。では、行きましょうか」
「おう。頼むわ」
「よーし。それじゃあまずは、リヴェティス劇場からだね」

 トリーシャを先頭にしてエンフィールドを一周し終わる頃には、既に夜も遅い時間になっていた。
「どう?フォシルさん。この町、気に入ってくれた?」
「ああ。結構ええ町やな。住んでる人は親切やし、食べ物も美味いし」
 トリーシャの家の前で、テイル達4人が会話を交わしている。
「そうですか。気に入ってもらえて嬉しいですね」
「それでこそ説明した甲斐があったってもんだな」
「そうやな。トリーシャ、今日はありがとうな。俺はさくら亭に泊まるから」
「うん。それじゃあまたね、テイル君、レム、フォシルさん」
「ええ。また明日」
「じゃーなー!」
 トリーシャが家へと帰り、テイルとレム、フォシルもさくら亭へと足を向ける。
 フォシルのエンフィールドでの1日目は平穏の中に幕を閉じた。
 まるで、『この後何かありますよ』と言わんばかりに。

 それはまだ町が暗闇に包まれている時間に起きた。
 そこはただの石造りの広い部屋。窓は無く、明かりは数本のロウソクだけで、暗くそして石の冷たい触感だけしか感じられない部屋。その部屋の中央にまるで部屋の主のように鎮座する物体が一つ。
 それは普通の本だった。ありきたりすぎて他の本との違いを探すのが面倒になるくらいのただの本。
 問題はその本の周りだ。本が置かれている周りの床には難解な幾何学模様がびっしりと描かれ、本を囲むように六人の男達が、1メートル程度はなれた場所から長々と訳のわからない呪文を唱えつづけている。
 そんな光景を唯一の出入り口の前から見ている男が2人。
「上手く行きそうですね、長」
「・・・うむ」
 50代くらいの男が隣に立つ齢70は超えるであろう老人に語りかける。
「今までも成功して来たんじゃ。失敗してもらっては困る」
 長と呼ばれた老人が部屋の中央にある本から目を離さずにそう呟く。
 ここは魔術師組合の地下室。一般の人々には知らされていない特別な部屋だ。知っているのは魔術師組合でも位の高い者と一握りの人物達だけだ。
 今彼らはある物の封印をしていた。毎年同じ時に、毎年同じようにやって来た事だ。このままいつものように封印を終え、また一年後に封印をする。
「・・・さて、そろそろじゃな」
 長はそう言うとゆっくりと本に近づいて行った。今まで男達が唱えていたのは封印する物を弱めるためで、最後に長が強力な封印魔法を施すのだ。そして長が本の前に立つと、静かに呪文を唱え始めた。
 その光景をさっきまで長と話していた男が、ゆっくりと息を吐き出しながら見ていた。この男もここの存在を知ったのは十数年ほど前だが、今でもまだ慣れておらずに緊張している。
 今年も何とも無い・・・か
 そう思った瞬間、男は目を見開いた。本当に微々たる物だが本が細かく震えているのだ。その事に魔法を唱えていた男達はおろか、長さえも気付いていない。
 まずい!
「長!あぶな・・・」
「・・・・・・たる者を、とこしえにこの地に留めよ!」
 男が静止の言葉をいい終える前に、長の封印魔法が先に終わってしまった。そして、長が魔法を唱え終えると同時に部屋全体が眩しい光に包まれた。
 数秒後に光が収まると、そこにあったのはさっきまでと何も変わらない・・・いや、たった一つだけ違う所がある。本が開いているのだ。今まではまるで接着剤をつけていたようにぴったりと閉じられていた本が、今ではその内容をさらけ出していた。
 本にはたった一つのものが描かれていた。体全体を包む細工が凝った黒いロング・コートにまったく相反する白い肌、まったく光を弾かないまるで暗黒のような長い髪と同じくカラスを思わせる漆黒の翼を持つ青年。
 その絵が突如として赤い炎を纏い燃え始めた。
「な、なんと言うことじゃ・・・!」
「長!危険です、下がってください!」
 男は長を抱えると後ろに跳び退る。その間も炎はただただ燃えつづけ、その先端は天井につくほどの勢いだ。
 やがて炎が治まるとそこにはもう本は無かった。その代わりとして別の物が存在していた。それはさっきまであった本に描かれていた青年だった。
「・・・・・・フ」
 不意に青年が声を発した。
「フフッ、フハハハハハハハハ!」
 青年が笑うと部屋全体がまるで地震にでもあったかのように震えた。そんな青年を男達は何もできず、ただ恐怖の目で見ていただけだった。
「遂に、遂に余は復活したぞ!」
 青年は目を開け、自分の体が存在する事を確かめるように己の体を抱きしめた。その時見えた青年の瞳は炎のように・・・いや、まるで血のように紅かった。
「な、何故じゃ!?何故封印が効かなかったのじゃ!?」
「フッ、残念だったな人間共よ。何十年も同じなら対応策も出てくるというものよ」
 青年はそう言うと右手でこめかみの辺りを突付いた。
「もっとここを使わんとなぁ?」
 青年はその行動を取った後に再び大きな声で笑い出した。
「・・・さて、ではそろそろ行かせてもらおうか?」
 青年はそう言うとふわりと体を浮かせた。それを見て、今まで動けずにいた長の隣にいる男が青年に向かって走り出した。
「待て!」
「待てといわれて待つ者はいないぞ、人間よ。ではさらばだ!」
 青年はその言葉とともに音もなくその場から消えていた。
 男の伸ばしかけた腕が虚空を掴む。そして、思い出したように長が震えた声を出した。
「・・・終わりじゃ。・・・エンフィールドの・・・終わりじゃ」

 その頃、さくら亭の宿屋の一室。フォシルが眠っている。
 その顔は、悪夢を見ているように歪んでいた。
「・・・・っ!」
 いきなり跳ね起きたフォシルは、頭を抱えて荒い呼吸を繰り返す。
「・・・また、あの夢か。ちっ!」
 肌の色のせいで蒼白な、とはいえないが、その顔からは悲壮感がうかがえた。
 そのまま数分が経っただろうか。フォシルは服を着替え、腰に小烏を装備する。
「・・・眠れんな、もう」
 フォシルは窓を開け放ち、そのまま飛び降りた。
 それを待っていたかのように、嫌な予感がフォシルを襲う。
「あれは、魔術師組合の方か?」
 昨日トリーシャ達に案内してもらった風景を思い浮かべながら、フォシルはその方向に走り出した。
 数十分かけてたどり着いた魔術師組合では、丁度テイル(とレム)が出てくるところだった。
「大体の事情はわかりました。それでは、私は後を追いますから」
「こんな事を頼むのは情けないのですが、どうかよろしくお願いします」
 その後について出てきた見習いらしき男に一つ礼をして初めて、テイルはこちらを見ているフォシルに気がついたようだ。
「ん?フォシルじゃねえか。どうしたんだこんな所で?」
「まあ、ちょっと嫌な予感がしてな。なんかややこしいことになっとるんか?」
「ええ。これから仕事があるので、これで失礼させて」
 自分の横を通り過ぎようとしたテイルを、フォシルは手をかけて止めた。
「厄介な魔物退治やろ?なんなら手伝うで」
「しかし、危険ですよ」
 確認するかのようなテイルの言い方に、フォシルは不敵な笑みを返した。
「上等や。それでないと狩る意味がないやろ?エレメンタルマスター?」
「!」
 フォシルの言葉に、テイルは初めて驚いた表情を見せた。
「お前、どうして知ってるんだよ!」
 テイルの頭の上で睨んでいるレムに視線を移し、フォシルが頭に手を当てて答える。
「ま、これでも伊達に放浪の旅を続けとうわけやないからな。勘や」
「勘、ですか・・・まあ、フォシルさんなら手伝って頂いても良いでしょうね。では、道すがら事情をお話します」
「おう。頼むわ」
 テイルの説明によると、魔術師組合が総力をあげて封印してきた『あるもの』が、その封印を破って屋外に抜け出してしまったそうだ。
 その『あるもの』の手にかかれば、このエンフィールドは簡単に消滅してしまうらしい。
「えらくヤバいもんを封印しとったんやな。で、その『あるもの』って何や?」
「それは、最強クラスの邪精霊の一つ、プルートです」
「プルート。暗黒の炎をつかさどる精霊か」
「ええ。長さまの稔視によると、封印から逃れた彼は森の奥に一時引きこもっているようです」
「ふん。力がまだ戻りきってないから、少し休憩しようっちゅう事やな?」
「おそらくは」
 彼らは、雷鳴山のふもとに広がる森を静かに走っている。
 生い茂る木々が、まるで行く手を阻んでいるかのように枝を広げている。
 ある程度進んだところで、テイルとフォシルが同時に足を止めた。
「で、それで隠れとるつもりなんか?」
 向かって右手側に向き直りながら聞くフォシルの目の前に、1人の青年が立っていた。
 さきほど本から抜け出した青年、プルートであった。
 その顔には、人を見下したような笑みが浮かんでいる。

 プルートは走ってきた二人を見て、無意識で口元に笑みを浮かべていた。
「隠れる?一体何から隠れる必要があるのだ?」
 長いコートの裾を引きずって、プルートが木々の合間から降りかかる月光の元に歩み出た。
 彼らの頭上には眩しい位に光り輝く月があった。おかげでテイル達は光を必要としなかったのだが・・・
「して貴様ら、余に何のようだ?」
「簡単に言えば封印されろ」
 テイルの頭上からレムがさしたる恐怖を感じずに言う。どこまでいってもマイペースである。
「ん?貴様・・・レムか、久しいな」
 プルートがレムを見て意外そうに呟く。
「何?おい、そこの変なの!今のどういう意味や?」
「変なのとは何だ色黒!俺様にはレムという素晴らしい名前があんだ!」
「俺かてフォシルっちゅうイケてる名前や!言い直さんかい変なの!」
「変なのって言うんじゃねぇ色黒!てめぇ、プルートの前に殺されてぇか!?」
「おお!ええ度胸や、やったろうやないか!」
 フォシルとレムが正に一触即発状態に達した時、あたりに鋭い静止の声が
 ピ〜〜〜〜〜〜・・・・・・・・・
 訂正、不思議な音が響いた。
 フォシルとレムが間抜けな顔をして音のした方を見ると、そこにはどこから取り出したのか笛を加えたテイルが立っていた。
「そこまで、そんなことをしている場合じゃないでしょう?そこまでにしないと落としますよ?」
 テイルが笛を左手に、極上の笑みを浮かべながらさらっと言う。
 ・・・目が笑ってねぇ
 フォシルとレムは心の中でまったく同じ事を感じた。
 そんな彼らのやり取りを見ていたプルートが含み笑いをもらしたのを見て、三人は改めてプルートの方を見た。
「フッ・・・変わらんなレム。まだ人間なんかと仲良くしておるのか?」
「そう言うお前こそ変わってねぇな。まだ人間を滅ぼそうと思ってんのか?」
 プルートとレムの話を横で聞いていたテイルが、さっきフォシルが尋ねたのと同じ事を言う。
「レム、プルートと知り合いなんですか?」
「ちょっと50年くらい前にな・・・」
 レムの言葉にフォシルは驚いたようだが、テイルの方は表情を変えずに話しの続きを促した。
「50数年前、ちょうどここで起きていた戦争が終戦に近づいてきた頃だ。エンフィールド側は戦争を終わらせるためにある一つの策に出た」
「・・・召喚ですね?」
「そうだ。そうして呼び出されたのがあのプルートだ」
「つまりプルートは人間に呼び出されたっちゅう事か?」
「そういう事だ」
 フォシルの問いをプルート自ら答える。
「せやったら、何で人間に呼び出されたプルートが人間を殺そうとするんや?おかしいやないか」
「それは恐らく、彼が封印されていたのを考えると・・・」
「そうだ。余は・・・貴様ら人間どもに殺されそうになったのだ」
 プルートの答えにフォシルの顔がこわばる。
「余は貴様ら人間どものために戦った。戦い、そして敵を殺した。それが余の存在意義だったからな。そして戦争が無事終わった時、貴様ら人間は・・・余を殺そうとしたのだ!」
 プルートはそう叫ぶと右手をフォシル達の方へと向けた。
「危ない!避けろ!」
 レムの言葉通りにフォシルは右、テイルは左のほうに跳ぶ。
 それを狙ったかのようにプルートの右手から出た何かが、かなりのスピードでさっきまでフォシル達の立っていたところを通過した。それは後ろにあった一つの木に当たりそして・・・
「な!?」
「・・・凄いですね」
 その何かが当たった木は一瞬の間に炭へとなっていた。炭業者としては最高だがこれから戦う者としては嫌な事この上ない。
「余の暗黒の炎は少々熱いぞ?」
 両手から漆黒の色をした炎を出しながら、プルートは不適そうに呟いた。
 そんなプルートに対しテイルがいつもと変わらない口調で告げる。
「最後にもう一度お願いします・・・おとなしく封印されてもらえませんか?」
「断る」
「そんなら・・・力ずくしかないな」
「笑止!やれるものならやってみろ!」
 その言葉と共にプルートが両手の炎を二人に向けて投げつけた。
「汝は水なり。一片の歪み無き凪の水面、絶対不可侵の領域と化す・・・召喚ウンディーネ!」
 テイルが早口でそう言うと、レムの髪の毛が薄い水色に一瞬で変わった。
「ウォーター・カーテン!」
 テイルの言葉と同時に、テイルとフォシルを包むように薄い水色の膜が現れる。そこへちょうどプルートの炎がその膜に当たった。
 炎が当たるとその水色の膜は白く輝き、そして何事も無かったように収まった。
「・・・なんやこれ?」
「ただの保護膜ですよ。大体の魔法なら弾きますが、直接攻撃は通りますから気をつけてください」
「ほう、凄いもんやな。・・・さて、次は俺の番や!」
 フォシルはそう言うと小烏を抜き、プルートへと向かって跳びだした。
「あ、フォシルさん!ちょっと待っ・・・」
「くらえ!千烈剣!」
 テイルの声が聞こえていないのか、フォシルはプルート目掛けて素早い突きを繰り出す。
 しかしプルートはそれら全てを紙一重でかわし、後方へと飛び下がり間合いを開けた。
「まだまだだな、ダークエルフよ」
「ちっ!裾だけか」
 フォシルが悔しがりながらテイルの元へ戻ってくると、彼の顔に明らかな驚愕の色が付いているのに気付いた。
「テイルどないした?」
 しかしテイルはフォシルの声が聞こえていないようだった。さらにフォシルがもう一度声をかけようとしたとき、ゆっくりと小さな声を出した。
「・・・レム、もしかしてあのプルートは・・・」
「あぁ、間違いなく本体みたいだな」
「本体?それってどういう意味や?」
 フォシルの問いにテイルがやや緊張した顔で説明を始める。
「本来精霊と言うのは本体を隠し、実体の無い分身で私たちの前に現れます。よって剣などの物理攻撃は効かず魔法などの攻撃しかダメージは与えられないのですが」
「それが効いたってことは、あいつが本体ってことだ」
「せやけど、それがどうしたんや?」
「本体と言うのはやり直しが効かないんですよ、一度死んだらそれまで。あぁ、さようならフォーエバーって感じです」
「最後はよう分からんが・・・そんで?」
「それなのに本体が出てきたと言う事は分身を作らないのか、もしくは・・・」
「分身を作れないほど弱りきっとるっちゅう事やな!」
 フォシルの答えにテイルは深く頷いた。
「・・・フン、それがどうした?」
 そんな三人を見ていたプルートが、炎を出しながらゆっくりと近づいてきた。
「結局貴様らはここで死ぬ運命なのだ」
 プルートの出した炎が形を変化させ、プルートの拳の周りを覆う。
「次は余の番だったな?・・・では、行くぞ!」
 プルートは構えを取るとフォシル目掛けて拳を繰り出した。
「おわっ・・・よっ、ほっ」
「どうした?ダークエルフ。もっと速く避けんと当たるぞ?」
 プルートの拳がフォシルの急所を狙い容赦なく打ち込まれる。フォシルもなんとかギリギリで避けるが、次第にわき腹や太ももなどにかすりつつあった。
「フォシルさん!レム、魔法を!」
「分かってる!喰らえ、グラビティ・チェイン!も一つおまけに、シルフィード・フェザー!」
 レムが両手から魔法を、それぞれプルートとフォシル目掛けて放つ。魔法が効いたのかプルートの動きが微妙に鈍くなる。
「フォシルさん、後ろに下がって!」
 テイルの言葉にシルフィード・フェザーで加速したフォシルが、一瞬で間合いから外れる。その直後
「・・・天地一心流弐の型・・・鎌鼬!」
 テイルが夕凪を構える。そして、瞬間右手がぶれたかと思うと金属的な鞘鳴りの音が響いた。恐ろしく速い抜刀と納刀。それによって生じた気圧の変化により、一条の空気の塊がプルート目指して直進する。
「よっしゃ!避けられへん、決まった!」
 フォシルが歓喜の声を上げる。が
「ウ、ウオォォォォォォォ!!」
 プルートはその場を動かず、空気の塊へと自ら拳を打ち込んだ。辺りに爆発のような轟音が響くと共に、白煙が立ち込めた。
 数十秒後、煙が消えた後にあった物は、左手をぶらんと垂らして仁王立ちしているプルートの姿だった。
「・・・負けられん。余はこんなところで負ける訳にはいかんのだ!」
 そう叫んだプルートはフォシルへと無事な右手で攻撃を仕掛ける。しかし、まだレムの魔法が効いているのか、それとも怪我のせいかその動きはどこか緩慢としていた。
「当たらへんな!」
 こちらもシルフィード・フェザーがまだ効いているらしく、プルートの攻撃をたやすくかわした。そして攻撃をした事によって体勢の崩れたプルートへと剣を振り下ろす。
「フン、そんな物・・・何!?」
 こちらもフォシルの剣を避け、隙だらけとなったフォシルに拳を振り上げた。しかし、振り下ろされるはずだったフォシルの剣は胸の辺りで止まっており、そのまま刃も返さず切り上げてくる。
「・・・秘技・落鳳斬・・・」
 プルートを切りつけたフォシルは、勢いに身を任せプルートの背後へと抜けそのまま間合いから外れた。
「首を狙ったんやけどな・・・よう避けたな」
 フォシルの言葉どおり、プルートはフォシルの技を紙一重でかわしていた。しかし、完璧には避けられず右肩に大きくえぐられたような傷がついている。
 当のプルートは肩で息をしながら、物凄い形相でフォシルとテイルを睨んでいる。
「ハァ、ハァ・・・まだだ!・・・余は・・・余はこんなところで負ける訳には・・・!」
「・・・一つ、お聞きしたい事があるんですが」
 プルートの答えも聞かずテイルは続けて声を出した。
「何故そこまで人間を憎むのですか?」
「・・・何度も言わせるな!余は貴様ら人間に・・・」
「それは分かりました。私が知りたいのは何故そうなったかです」
「・・・それは俺が説明してやるよ」
 今まで黙って見ていたレムが、どこか悲しそうに話し始めた。
「呼び出された後、俺たちは人間たちと手を組み戦った。そしてその強さからプルートは感謝と羨望の念を持って『英雄』と呼ばれた」
「そうだ!余は貴様ら人間のために戦った。貴様らを護るために余はありとあらゆる手段をとった。しかし!余を召喚した者は、奴は余を責めた・・・この余を殺そうとした・・・貴様らは余を裏切った、そう裏切ったのだ!全てをかけて貴様らを護った余さえも!」
 プルートは痛みを忘れて叫んだ。叫び続けた。裏切られた――そう思ったが故に、今までの人間に対しての思いが激しい憎悪として爆発したのだ。
「貴様らは・・・貴様らは!」
「・・・それは違うぞ」
 プルートの叫び声を聞きながらレムはまるで今にも泣きそうな声で否定した。
「・・・違う?何が違うというのだ!?」
「あいつは知っていたんだよ・・・お前が仲間を殺していた事を」
 レムの言葉にテイルとフォシルはもちろん、プルートさえも驚いている。
「人間を体内に取り込むことで、お前は力を加えていった。お前が勝手に一人で強くなる事を望んだんだ」
「な、何を・・・」
「足りなかったら足せばいい・・・助けを求めればよかったんだ。どうしてお前は人間たちを信じられなかったんだ?・・・お前が先に裏切ったんだ・・・お前が人間たちを信じられなかったんだ。・・・俺だっていたのに」
「・・・馬鹿な!・・・余は・・・余は・・・」
 プルートは何も出来ず黙り込んでしまった。頭の中で色々な事が浮かんでは消える。
 そのまま数分が経過しただろうか。
 フォシルは小さなため息と共に小烏を鞘に収めた。
「もう、争う必要は無さそうやな」
 フォシルの言葉に、プルートが小さく頷いた。
「そう・・・だな。余は、人間を信じきれていなかったようだ。心のどこかで、人間とは他人にすがりつくだけの弱き生き物と言う考えを、捨てきれていなかったようだ」
 そう言ったプルートは、心なしか落ち着いた表情でテイルの前に立つ。
「テイル、と言ったか。若きエレメンタルマスターよ、余を封印するがいい。レム、世話になったな」
 テイルの頭の上に戻ってきたレムは、プルートの目を少し悲しそうに見つめる。
 テイルは静かに頷くと左手の手袋を取り、その手をまっすぐプルートに向けた。
「・・・・・・・」
 しかし、その後に続く封印の呪文に、テイルはためらいを感じているようだ。
「どうした?」
 訝しげに問うプルートの向こうで、フォシルが苦笑いをしているのが見えた。
「プルート。多分テイルは、元の場所に帰るつもりは無いか、って聞きたいんやと思うで」
「元の場所に?」
「ええ。あなたが召喚される前に暮らしていた場所。そこまで運ぶことも可能です」
 フォシルの言葉を肯定し、テイルはプルートの目を見る。
「どうしますか?」
 しばらく黙って考えていたプルートが、テイルに頭を下げた。
「何から何まで、すまぬ」
 優しい笑みを浮かべ、テイルは左手をかざす。
「汝、上級精霊プルートよ。汝の生まれし場所まで、しばしの時を共に過ごそう。我が名は、テイル・ムーンライト」
 テイルの言葉と共に生まれた光に包まれ、プルートがペンダントに吸い込まれていく。
 光が収まると同時に、テイルがその場に座り込んだ。
「お疲れさん」
「疲れましたね」
「まだ終わってねーけどな。この後がある」
 となりまで歩いてきたフォシルに顔を向け、レムが言葉を返す。
「は?この後?」
「ええ。プルートを生まれた場所に帰しに行かなければなりませんから」
「でも、場所は知っとるんか?」
 疑問を浮かべたままのフォシルに、レムが再返した。
「俺が知ってるよ。それに、エレメンタルマスターならその場所に行けば分かる」
「ほー。そんなもんなんか」
「ええ。そんなもんです」
 立ち上がったテイルは、太陽が昇ろうとしている町へ向かって歩き出した。
「どうやら、ここからは遠く離れた場所のようですね。少し旅に出なければいけませんね」
「よし。その旅、俺もついてくで。アンタの護衛と、次の町を目指す意味でな」
 その横に並び、フォシルが笑顔で告げる。
「ん?と言うことは、もうエンフィールドを出て行くのか?」
「まあな。まだ、行ってない場所もあるからな」
 レムの問いに軽い声で答えた時、エンフィールドの町並みが見えてきた。
「さて。まずは長さまに報告しなければいけませんね」
「おう。さっさと終わらせようぜ」
「ほな、それが終わるまで一眠りするかな」
 こうして、2人の若者と1人の精霊によって町の危機が回避された。
 しかし、その事を知る人はごく僅かしかいなかった。


あ と が き

デジ:ということで、今回の合作にはあとがきをつけることとなりました。作者の一人、デジデジです。
雅:もう一人の作者、雅です。デジデジさん今回は本当にお疲れ様でした。
デジ:いえいえこちらこそ。と言うことで、今回の合作での注目点などは、どこでしょうかね。
 まあ、私の範囲ではエンフィールドにフォシル君が出張したことでしょうけど。雅さんは?
雅:そうですね・・・テイルくんが新しい技を出した事と、レムの過去が出てきたって事でしょうか。
デジ:なるほど。では、雅さんから何かあります?
雅:私ですか?え〜・・・・・・な、何も無い!?無さ過ぎる・・・悲しい。
 それでは、気を取り直してデジデジさんは?
デジ:そうですね・・・じゃあ、あとがきですし、これ行ってみますか。
 みなさん、今回の文章はいかがでしたでしょうか?ご意見ご感想、指摘点共々お待ちしています。
 さて。この後はどうしましょう?
雅:そろそろ閉めましょうか。このままだと永遠に続いてしまいそうですし。
 それでは皆様、今回の合作を読んでいただき本当にありがとうございました。
 あまりに評判が良すぎると第二段があるかもしれません、お気をつけ下さい。
デジ&雅:ありがとうございましたー!

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