私は、占い師だった。町の片隅、壊れかけの小屋が我が家。
道に店を出し、簡単な占いで日銭を稼ぐ毎日。
裕福ではないが、人1人が食べていけるだけの金額は稼げていた。
そんな日が、延々と続くと思われたある日……
「占って、いただけませんか?」
店で声を掛けられた私は、客であるその人を見上げた。
高貴な家で暮らしている事が解る、青いシルクの服。その青と対を成すように映える、髪の赤。
「…あの、私の顔に何か?」
「あ、いや。すまない。 そこに座ってください」
ついつい見惚れてしまった私は、慌てて前の椅子を勧めた。
小さな机一つを挟んで座るその人の瞳は、少しくすんだルビー。そして、背に生える純白の翼。
「まずは、お名前・もしくはあなたを示す何かを」
「翼を持つ者のエレイナ=エチュードと申します」
「エレイナさん、ですね?
では、エレイナさん。貴方の望む、占うべき事柄を」
エレイナさんは優しい笑みを崩さぬまま、静かに言った。
「私の、命の灯火が潰えるまでの日数を…」
「!! エレイナさん、あなたは……!」
絶句した。言葉を失わざるを得なかった。
それでもエレイナさんは、微笑のまま頷いた。
「Deamon’s Syndrome。お察しの通り、私を蝕む病です」
…『不確定要素による悪魔化症候群』、通称DS。原因不明の病因により突如として現れる、この地方の流行病である。
病に罹った者は、遅かれ早かれ、精神を傷付けられつづけて発狂するか、狂行に走るか。いずれにせよ、正気ではいられないと言う。
原因に付いては、全く持って未知数。恨みや妬みなど、不の感情が何らかの要因とされているが、それも定かではない。
しかし…
「エレイナさん。非常に申し上げにくいのですが…」
「解っています。DSに罹患した存在は、運命の輪から外される事は」
「そして、死ねなくなる」
「……はい」
私の言葉に、エレイナさんの表情が翳った。
……迂闊だったか、私は内心舌打ちしてから、深深と頭を下げた。
「申し訳ありません。これは、軽々しく口にして良い事柄ではありませんでしたね」
「あ、いえ。お気になさらないでください。全て、本当のことなのですから」
私は、微笑を浮かべつづけるエレイナさんに最大の敬意を表し、占いを始める事を告げた。
「……………」
知り得る限り、全ての占いを。
「…………………」
そして。
「結果が、出ました」
私は一度言葉を区切り、エレイナさんを真っ直ぐに見据えた。
「あなたの命は、近い内に終焉を迎えます」
「それは……いつ、ですか?」
期待とも絶望ともつかない色を瞳に乗せ、エレイナさんが訊いた。
「正確には、判りませんでした。しかし、この町ではない何処か、そこに赴く事が出来たならばその刻はやって来るでしょう」
「そう……ですか」
エレイナさんは、明らかに悲しそうな表情をとった。
「それでは、私の命が消える刻は不明、なのですね」
エレイナさんの言葉から何かを感じ、頭より口が先に動いた。
「何か、この町を離れられない理由でも?」
通常、私は極力、客には関わらないようにしてきた。関われば関わるほど、客観的な判断が出来なくなるからだ。
だが、このときは違った。
「それ……は………」
「私で役に立てるのであれば、助力したいのです」
エレイナさんに特別な感情を抱いていたのか、只の同情か……
「……」
言い難そうに顔を伏せていたエレイナさんは、やがて静かに口を開いた。
「この国にて奉られている『聖女』の話は、ご存知ですか?」
「ええ。この国に住まう者ならば、知らぬ人間は居ないでしょうね」
その『聖女』は、町のシンボルであると同時に、護りの要であった。
まあ、不安定な世情をまとめあげるために捧げられた、体の良い『人柱』ではあるのだが。
「聖女について、どのような噂をお聞きになっていますか?」
「そうですね……あまり、好ましい噂は聞きませんね。残念ながら」
私は、知り得る限り、正直に話した。上流階級の、ほんの一部の為に振るわれる、権力の象徴としての『聖女』を。
「……そう。町の人には、そんな風に受け止められているのですね」
エレイナさんは悲しい瞳をそのままに、私を見上げた。
「その聖女は、フェザーフォルクとヒューマンのハーフです。そして、左にのみ翼を持って生まれてきた…」
その言葉と共に、エレイナさんは両翼を手で撫でた。その時になって初めて、左の翼の動きに違和感を感じた。
「………」
何も聞かない私の前で、エレイナさんは左の義翼を外しながら告げた。
「『聖女』は……『道化の聖女』は、私の姉なのです」
エレイナさんは、あくまで静かに、微笑んで見せた。
「姉は、リューアは、私と違って強力な魔力を持って生まれました。それこそ、私の分も持って行ったかと思われるほどに強力な。
姉はその力を使い、いつでも私を庇ってくれました。無力な私の盾となり…。
結果、リューアはその異形の翼と強大な魔力を当時の権力者に知られ、『聖女』として奉られてしまったのです。
私の、身柄と引き換えに………」
エレイナさんの瞳には、いつしか涙があふれていた。
「私が、リューアの人生を狂わせてしまったのです。
私が居なければ、リューアは平穏無事な生活を過ごせたはずなのに、私などを庇う為に、あんな辛い役目を背負わされてしまっている……」
私には、口を開く事が出来なかった。
彼女は、自分がDSに罹った一因に気付いている。
それは、強大な力を持って生まれた姉に対する、羨望と嫉妬…。
そんな彼女に、どんな言葉をかければ、慰めになるというのか。
「…エレイナさん。その話を、何故私に?」
私には、そう訊ねるしか出来なかった。
「私は、一介の占い師。何の力も持たぬ一市民です」
エレイナさんは、涙を流したままで、微笑みを浮かべて見せた。
「勝手な願いだとは思ったのですが、
私の事を、誰かに記憶しておいてほしかった。出来ることならば、あなたの様に優しい心を持つ人に…」
エレイナさんは静かに立ちあがり、私に背を向けた。
「今日は、聴いてくださってありがとうございます。
これで私も、少しでもこの世に生まれた意味を持てたような気がしますから」
そのまま去っていこうとする彼女の背中に、私は言葉を投げかけていた。
「エレイナさん。この世に存在すべきではない魂など、在るはずがない。
人はそれぞれ、何かしらの目的を持って生まれて来るものだから。
だから、あなたの存在意義も必ずある。
最期まで諦めず、探してほしい。貴方ならば、必ず見付ける事が出来るから」
エレイナさんは、動きを止める事無く遠ざかって行った。
「……ありがとう、本当に」
その言葉は、ほんの小さな囁きでは在ったが、私の耳は確かに届いていた。
私は、あの町から遠く離れた町に在る酒場に居る。エレイナさんから聴いたあの出来事を、一つの詩として語り継ぐ為に。
あれから彼女には出会っていないが、きっとあの姿のままなのであろう。
「悲しい、詩ですね」
「そう…じゃな」
最近よくこの詩を聴きに来る青年は、私の詩に込められた思い総てを理解しようとしているようだった。
「これは、いつの詩なんですか?」
「……私がまだ若く、今となっては忘れられてしまった王国が存在していた時代さ」
彼女は、エレイナは、今でもあの姿のままなのだろう。
風の噂では、未だにあの大陸では片翼の悪魔の噂が囁かれているから。
エレイナの想いはあの地に縛りつけられ続けている。
DS、古代王国。それらが伝説のものとなってしまった今でも、なお……
−Fin−
<けして、ハッピーエンドではない>
唐突に、こんな作品を作ってみました。
メインとなる出来事は、嫉妬。人間の感情の中で、最も増大しやすく、最も気付かれ難い…そんな存在。
時には、その感情は一人の人間の一生を左右してしまいかねないほどに。
さて、唐突に書きなぐるSSSシリーズ。これで三作目ですね。
ハッピーエンドに持って行くことも出来たでしょうが、敢えて今回はこんな形式で幕を下ろさせていただきます。
以上、作者の飼い猫でした。
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