<SERIOUS HEART>




「なあ、誠司」
 帰り仕度をしていた僕は、後ろからの声に振り返った。
「なに?」
「今からどっか寄ってかねー?今日は土曜だし時間あるだろ?」
 クラスの中でも、特に仲の良い啓祐が、他の男子生徒数人と僕の答えを待っていた。だけど…
「ごめん啓祐。今日も早く帰らなきゃならないんだ」
「またかよ? 大変だなお前も」
 片手を上げて謝る僕に軽く肩をすくませてみて、啓祐とほかの生徒がゆっくりと教室を出ていった。
「じゃな、誠司」
「うん。また来週」
 啓祐達を見送ってから、僕は鞄を持って教室を後にした。
 

僕には、みんなに言えないことが1つだけある。


 校門をくぐる頃には、歩くと言うよりも小走りくらいのスピードになってしまっていたかもしれない。
 徒歩で5分の駅まで、走って戻った。

僕には、みんなに言えないことが1つだけある。
言いたいけれど、言っちゃいけないから…。


 電車に乗っている40分が、とってももどかしい。目的地で飛び降りる様に改札を抜け、高級住宅街の中にある自分の家に向かう。
 ここから家までは、歩いての時間は知らない。いっつも、走って帰っているから。
 

僕には、みんなに言えないことが1つだけある。
言いたいけれど、言っちゃいけないから…。
それは、秘密にしなきゃいけないこと。


 僕の家が見えてきた。門をくぐって、一歩でも速く玄関に辿り着く為に走る。
 玄関を勢いよく開けると、そこにはちょっと驚いた顔があった。
「た、ただいま…」
 ちょっと息が上がっちゃっている僕の声に、驚いていた顔に笑顔が戻ってきた。
「お帰りなさい、坊ちゃま。いつもより早かったので、麗奈は驚いてしまいましたよ」
 僕は麗奈の言葉に、ちょっと口を尖らせた。
「だからぁ。その『坊ちゃま』ってのは止めてってば!」
「あ、そうでしたね。ごめんなさい」
 麗奈はちょっと慌てた様にそう言うと、すぐに笑顔に戻った。
「では、改めて。
 お帰りなさい、誠司」
「ただいま、麗奈」


僕には、みんなに言えないことが1つだけある。
言いたいけれど、言っちゃいけないから…。
それは、秘密にしなきゃいけないこと。
僕と、麗奈だけの秘密。
それは、麗奈の事、僕の事。
だから、ここに書いておこうと思…


「誠司。お夕食の用意が出来ましたよ」
「うん、今行く」
 僕は書きかけだったペンを止めて、机に置いた。
 部屋を出ていこうと思って椅子から腰を上げたけど、ふと思いついて書き替える事にする。
 

だから、ここに書いておこうと思ったけど…
もう少し、秘密にしてても良いよね?





「お待たせ、麗奈」
「いえ。タイミング的にはバッチリですよ」
 食堂に顔を出すと、丁度麗奈が料理を運んできてくれる所だった。
「僕も手伝ううよ」
「あ、お鍋は熱いのでお気を付け下さいね」
「解ってるよ。もう子供じゃないんだからね」
 微笑んだままの麗奈を残し、僕も食事の準備を手伝った。

「いただきます」
 僕が食べているのを、麗奈はとても嬉しそうに見ている。僕もその笑顔を見ていると、とても暖かな気持ちが心に流れて来るんだ。
「ああ、そうですわ」
 その食事の途中。何かを思い出したのか麗奈が手を合わせた。
「数時間前に、お父様からお電話がありまして…」
「今日も遅くなる、って?」
 父さんは、詳しく聞いた事は無いけど外資系の企業の重役だ。だから、時々………というか、頻繁に、会議で帰宅が遅れる事がある。
「いえ、それが…」
 僕が半眼で聞くと、麗奈は困った様に眉をひそめて視線を反らせた。
「何かあったの?」
「………ふぅ」
 麗奈は何かを割り切った様に溜め息を1つついてから、僕の方に視線を向けてきた。
「実は、お父様が……」
「父さんが、なに?」
 でも、遅くなるだけだとそんなに深刻にはしないだろうから…今日は帰れないとか、明後日になるとかかな?
「お父様が、『一月ほど戻れないから、その間の家の事は誠司に任せた』と…」
「………はい?」

 …………いやー、流石にそれは考えてなかったですよ。僕も。

「何やら、上の方と意見が合わなかったらしくて…シアトルの工場では作れないとの事でその調製と新製品の開発の為に、本日発たれたそうです」
「そ、そうなんだ」
 1ヶ月、父さんの顔を見れないのか。…いや待て。1ヶ月、家で麗奈と2人っきり………!?
「あ、あの…それで誠司にお願いがあるのですけど…」
「…あ、うん。何かな?」
 よからぬ妄想を頭から無理に振り払って、麗奈の方を向く。
 麗奈は恥ずかしそうに頬を染め、ちょっと上目遣いで僕の瞳を見つめていた。これは…もしかして……
「お父様が居ない間は、アレを誠司にお願いしたいのですけど…」
 ……って、そうか!父さんがいないって事は…
「あー………うん、解ったよ」
 妄想に戻りかけた僕は、麗奈の言いたい事に思い当たって現実に戻ってきた。
「よろしくお願いしますね、誠司」
 麗奈はまだ頬をちょっと染めたまま、柔らかな笑みを見せてくれた。



 そして、その晩。僕は地下室の中に立っていた。
「それじゃ、始めようか」
 僕は出来るだけ冷静に言葉を出し、麗奈の服に手を伸ばした。
「……あのー」
 そのまま硬直していると、麗奈が申し訳なさそうに声をかけてくれた。
「自分で、脱ぎましょうか?」
「…うん、ごめんそうして」
 僕は真っ赤になった顔をそのままに、先に道具の選別に入った。何度も父さんの作業に立ち会っているから、だいたいの目星は付いている。
「誠司、どうぞ」
「う、うん……」
 僕が道具を持ってくると、麗奈は上半身がはだけた状態でベッドに腰を下ろしていた。
「……あ、あんまり見つめないで下さい。これでも、恥ずかしいんですから…」
「わ、ご…ごめん」
 呆然としていた僕は、慌てて麗奈の横に移動した。
「それじゃ、横になって…」
「はい」
 麗奈がベッドに横になるのを待ってから、ベッドの高さを作業しやすい高さに調節する。その作業中、ふと麗奈が僕を見上げた。
「誠司、やはり背が伸びていますね。昔の高さより、天井が近いです」
「まあ、僕も今が成長期だからね」
 苦笑でそれに返して、僕は麗奈の首にそっと触れた。
「それじゃ、暫くお休み…」
「おやすみなさい、誠司」
 麗奈は笑みを浮かべてから、ゆっくりと瞳を閉じた。
 麗奈の動きが止まるのを待って、僕は彼女の心臓の辺りに手を触れる。
「…ゲート・オープン」
 その手を静かに上げると、それに吸い付くかのように肌の一部が独立し、せり上がった。
 そこから見える基盤に端末をつなぎ、傍らに置いてあるマザーコンピューターとリンクさせる。
「第0〜第18ブロック、異常無し。第19ブロックに多少の疲労あり…か」
 マザーコンピューターの診断結果を元に、異常の見られた部分を念入りにチェックしていく。


 作業は終了。僕は大きく息をついて基盤からコードを抜き取った。
「ゲート・クローズ」
 手を触れて命令を出すと、基盤が内部に戻っていく。
 あとは、麗奈が起きるのを待つだけなんだけど…
 上下していない、胸。息をしていない、唇。
 作業を手伝うたびに、僕は恐かった。このまま、麗奈が起きてくれないんじゃないかと。その恐怖は今だって変わらない。このまま、麗奈が起きあがってくれなかったら、僕は………

「ん…」
「麗奈っ!?」
 僕は、麗奈が上半身を起こすと同時に飛びついていた。
「せ、誠司…!」
 麗奈が驚いていたけど、僕はどうしても我慢できなかった。
「良かった…。このまま起きないんじゃないかと心配だったんだ………」
「誠司…」
 麗奈が僕の頭を優しく撫でてくれる。僕の頬が触れている場所から、麗奈の心臓の音が聞こえ…………!!!!
「あ、ご…ごめん麗奈!!」
 事ここに至って、僕は今の状況を客観的に見てみた。
 ベッドに寝た状態で上半身裸の麗奈を、僕が抱きしめている……
「ほ、ホントにゴメン!!」
 ベッドに頭をつけて謝る僕に、麗奈は無言だった。
 恐る恐る顔を上げると、麗奈はいつもと変わらない笑顔を向けてくれていた。
「謝られる事は無いですよ。誠司が、私の事を心配してくれていた気持ちが伝わってきましたから」
「麗奈…」
「反対に、私からお礼を言いたい気分です」
 麗奈が僕の方に体重をかけて、姿勢を変える。
「麗奈!?」
 バランスを崩しそうになった麗奈を、僕は肩を掴んで抱き止めた。
 麗奈は軽く微笑みを浮かべ、僕の両肩に手を置いた。その顔が、僕に急接近してくる。
 麗奈は目を閉じ、頬を赤く染めていた。
「…ありがとう、誠司」
 麗奈の唇と僕の唇が、吸い付くように合わさった………



僕には、みんなに言えないことが1つだけある。
言いたいけれど、言っちゃいけないから…。
それは、秘密にしなきゃいけないことだから。
僕と、麗奈だけの秘密。
それは、麗奈の事、僕の事。
大きく声に出して叫びたい。
僕の好きな麗奈は、こんなにも素敵な人なんだよ、って。



〜END〜


<あとがきと言うか、何と言うか>

 はい、今回は突発的オリジナルSSSにお付き合い頂きましてありがとうございます。作者の飼い猫です。
 今回のテーマは、私が以前から書いてみたかった事の1つです。
 それは、『機械と人間の恋』。
 よく、近未来ファンタジーなどで題材に挙げられるその関係を、私はちょっと羨ましいと思っていたりもするんですよね。
 機械であることは、その精神構造も造り物。だけど、その心までも造ることが、果たして出来るのか。
 私は、否と答えたい。心は、意志ある者に自然に宿る物。けして、ヒトが手を出してはいけない領分だと思うのです。
 人は、色々な人と出会う事で人生を歩んでいきます。そんな中で、少しずつ形作られる『自分』という『心』。そんな心は、なにも人だけのものではない筈。誠心誠意、心を込めて接すれば、造られた存在だと思っている機械とも会話が出来る。談笑が出来る。恋だって出来る。
 そうなったら、ちょっと素敵かな。そう考えていた所からこんな文章を書いてみました。

 以上で、今回は真面目なまま終了させていただきます。
 皆様の感想や意見を聞けたら、嬉しいですね。
 それでは、また…。


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