暗闇が支配する、狭い室内。窓から来る月明かりだけを頼りに、何かの作業をしている男が1人。
 黒く長い髪をした、そこそこの顔立ちの男だ。黒いシャツに黒いズボン、そして薄手の黒いロングコートといったように全身を黒一色で統一している。
 右手に握られているのは、黒い携帯。
「…ああ、そう急かすな。今、ターゲットを捕獲した所だ」
 誰かに対する電話を一方的に終わらせ、彼の右手がコートをめくる。
 月光に照らされ、彼のベルトにぶら下がったモノが鈍い光を返す。
 銀色に光る、一丁の大口径拳銃だ。
 男は左手で窓を開けると拳銃を抜き放ち無造作に狙いをつけた。
「あばよ」
 小さく呟き、男は引き金を引いた。

<SECLET HISTORY>



 俺がはじめて銃を手渡されたのは、物心ついたばかりの頃だった。
 父親と思しき男が、俺に黒光りする拳銃を手渡した。
『いいか。狙いを付けるならば、左胸か眉間だ。まっすぐ狙って打てば、確実に殺せる』
 父親は、自分の胸と眉間を純に指し示して言った。
「…」
 俺は素直に銃を取り…
  バァン
 言われた通り、眉間に向けて迷わず引き金を引いた。
 すると、その一瞬で父親の頭は血に塗れ、動かなくなった。

 銃声を聞いて駆けつけた母親に、俺は少年鑑別所に入れられた。
『父親を殺した、殺人狂』として。

 俺のちんけな人生は、そこで終わりを迎えるはずだった。
 どうせ終わるならと、俺は中で好きな事をしていた。
 同室になった奴を再起不能にさせたこともあったし、監視員を殴り殺した時もあった。
 そんな生活を続けていると、俺は一日を全て鉄格子の中で過ごすようになった。
 だがある日、鑑別所に黒スーツの男がやってきてこう言った。
『組織で働いてみる気は無いか?』と。

 1月後、俺の手に拳銃が戻ってきた。
『素質がある』と言う事で、俺は組織で頭角をどんどん現していった。

 暗殺者としての、己の腕を。

 …あれから、15年以上が経ったのか



「以上だ」
 俺の報告を受け、目の前のサングラス男が書類をとじる。
「ご苦労だった、“ヴァンサー”。別名あるまで個室で待機する事」
 俺は言われるままに部屋を出て、あてがわれている部屋に戻った。

 部屋に帰ってきたらいつでもそうする様に、ベッドに寝転び一眠りする。
 丁度二十分くらいで目を覚まし、シャワーをして戻ってくる。
 着替えを済ませた頃、サングラスが音も無く入ってきた。
「ヴァンサー、新たな依頼だ」
 奴の手には、数枚の書類が握られている。
 それを受け取り、流し読みしてみるが…。
「地質学者?なぜそんな奴を殺す?」
 俺の問いには、予想通りの答えが帰ってきた。
「我々は、スポンサーの望むように障害を排除するのみだ」
「…了解」
 いつものように請け、俺はコートを羽織った。


 数時間後。俺はターゲットの勤める研究室に潜り込んだ。
「あいつ…か」
 俺の視界に、ターゲットとなる男が映った。だが、一緒にいるあの女がいる間は仕事をする訳にもいかない。
 丁度何かを口論しているらしく、女が男に食って掛かっている。
 男はただ静かに、女を諭すように喋り、1枚のMOを手渡した。
 しぶしぶと言った表情で受け取り、部屋を出て行った。
(今なら、行けるな)
 俺は小型拳銃を左手に滑り込ませ、誰もいなくなった廊下から男のこめかみを狙った。
 そのまま引き金を引──
  ズドン
 俺は、すぐさまその場を離れる。現場に留まる馬鹿はいないだろう。だが…
(あいつ、打たれる瞬間に俺の方を見て微笑みやがった…)
 嫌な感覚を覚えながらも、何事も無く研究室を出た。



「ヴァンサー、依頼だ」
 その依頼が来たのは、あの一件から数日後だった。
「……」
 俺は、資料の表紙に張られた写真を見て顔をしかめた。こいつは…
「どうした?ヴァンサー」
「…いや、なんでも無い」
 俺は思考を振りきり、依頼を受けた。


「……」
 俺は、今繁華街を歩いている。ターゲットが休日にはいつもこの辺りに来ている事が書かれていたからだ。
 暫く歩き回ってみたが…
「うきゃぁぁぁぁぁっ!」
「な!」
 真横から、雪崩のように食料品が飛んできて、俺の鼻先を掠めていった。
 慌ててそちらを見ると、周囲に散らかった食材を拾い集めている女が1人。
「あああああああ、リンゴさん転がっていかないで!あ、みかんさんも!」
 暫くその光景を眺めていたが、俺は自分の足元に転がっていたキュウリやなんやを拾い上げて女の所に持っていってやった。
「ほらよ」
「あ…ありがとう!」
 俺を見上げて笑顔を浮かべている女の顔を見て、俺は動きが止まった。
「?…どうしたのよ。私のキュウリさん、拾ってくれたんじゃないの?」
 女に問われ、俺はやっと我に帰った。
「…ああ、悪い。他のも拾うか」
 俺は平静を心がけながら、残りの野菜などを拾い集めて女に手渡す。
「えへへ。ありがとね。…あ、私はティル=ナ=ノーク。あなたは?」
「…シオン=V=ラウディオ」
 俺は思わず、本名を名乗っていた。
 こんな形でターゲットと出会う事になろうとは…。


 あれから数十分後。
「やー、ありがとうねシオン。ホントに助かったわ」
「…いや、大した事はしていない」
 俺とティルは喫茶店で向かい合って座っていた。
 ティルは一度部屋に戻って、買った荷物を全て冷蔵庫に押し込めて目の前にいる。
 …その間、いつでも殺せるのに俺は銃を握ろうともしなかった。
 …興味があるのか?このトロそうな女が、嬉しそうに『プリンぱふぇ!』と頼む女が、どうやって暗殺の対象になったのかを。
「しかし、随分と食料を溜め込んでいたようだが…パーティでも開くのか?」
 コーヒーを飲みながらの俺の問いに、ティルは首をふるふると振った。
「今から、あの事実のまとめに入らないといけないの。だから、途中食べ物を買いに行ってる時間が無いかもしれないからね」
「あの事実?」
「うん…」
 ティルは暗い表情をして、パフェから一度手を離した。
「結構有名な事件だから、あなたも知ってるかもしれないわね。少し前、この近くの地質学研究所で殺人事件があったの」
「…ああ、覚えている」
 俺が殺したのだからな。忘れるはずが無いだろう?
「その時殺されたのはね、私の…幼馴染みだったのよ」
「!」
 俺は、コーヒーを飲もうとした動きを止めた。
「…それで?」
 促した俺に、ティルが静かに続ける。
「それでね。私、彼が殺される前に1枚のディスクを渡されて…彼の研究を秘密裏に引き継ぐ事になったのよ。その、記事のまとめ」
「それは、そんなに…隠しておかないといけないほど、凄い研究なのか?」
 俺の問いにコクリと頷き、ティルが告げる。
「ヒトが、サルから進化した生物だって事を、決定付けるものなんだ」
 …なるほど。大体のスポンサーは見えてきた。恐らく、今世界で一番大手のあの会社だろう。
 声高に『我々人類は、空より舞い降りし選ばれし民である!』と明言している会社。
 今、ティルのまとめようとしている事柄にどれだけの説得力があるかは分からないが、これを発端にして事実が現れる可能性は十分にある、という事か。
「なるほどな。それで氷解した」
「へ?…何が?」
 俺が頷いた事に疑問を持ったティルの目が、俺を見つめる。
「いま、お前が命を狙われている理由だよ」
 俺は懐から拳銃を取りだし、狙いを付けて撃った。
 狙いたがわず、銃弾は眉間に突き刺さった。
 ティルの斜め後ろに座っていた男の、組織の刺客の眉間に。
「なっ…なに?なにをしたの!?」
 錯乱状態に陥りかけたティルの手を引いて、俺は即座に店を後にした。


「いいか、お前は狙われている。お前とその幼馴染みの作り上げた実験データは、世界を覆せるほどの力を秘めているんだからな」
 今、いるのはティルの部屋。必要なものだけを鞄に詰め込んでいる間に、俺は窓から辺りを見まわしながら説明する。
「だから、俺がお前を守る。お前が発表できるまで守ってやるさ」
「…なんだか良く分からないけど、分かった」
 露骨に不満そうだな。
「とにかく、お前の研究はもう発表してしまっても大丈夫な形になっているのだろう?」
「ええ」
 ティルの返事を確認して、俺は窓を閉めた。
「よし、じゃあ近場のお前が信頼できる奴の場所まで護衛する。当ては?」
「…おばさんのお家が近くにあるけど」
「そこは隠れられそうか?」
「た、多分」
 少々不確かだが、し方あるまい。
「よし、それじゃそこまで移動する。付いて来い」
 ティルの返事を待たず、俺は扉を開け放った。



「伏せろ!」
 頭を持って、無理にしゃがませる。
 頭上を数発の銃弾が過ぎ去ったのを感知して、俺は背後に向けて数発打つ。
 狙いを付けるどころではないから、辺りはしないだろう。くそっ!
「行くぞ!」
 ティルの左手を握り、俺は大通りに走り出た。
「お前の行き先は?」
「左!」
 ティルの言葉で、すぐに方向を決め──
「ちっ!」
 目前に発見した拳銃を構えた男に、俺の銃口が狙いを付けた。
 一撃で沈黙し、俺はまたすぐに走り出す。


「…ちっ!」
「シオン、大丈夫?」
 左肩を押さえた俺に、ティルが心配そうな声をかけてくる。
「掠っただけだ、問題無い」
 ティルにはそう言ったが、銃弾は突き抜けずに俺の肩に留まっていた。
 おかげで、左腕を動かす度に痛みが走る。
「相手の数は…3、いや4人か」
 曲がり角から少しだけ視線を出すと、すぐに銃弾が飛んでくる。
 俺の傷では、もうこいつを守ってやれないか。
 そう判断した俺は、その場に立ちあがってティルを呼んだ。
「ティル」
「なに?」
 同じ様に立ちあがって聞くティル。
「ここからおばさんの家までは遠いのか?」
「ううん、もうすぐよ」
「…1人で行けるか?」
「…え?」
 きょとんとしたティルが我に返る前に、俺は角から半身を出して銃を連射した。
 そのまま、弾倉が空になるまで撃ち、ティルの手を右手で握って路地を駆ける。
「ここらで俺が足止めをする。その間に、お前はおばさんの家に走るんだ。良いな?」
「良いな…って、そんな。それじゃあシオンが」
 数個目の角を曲った所で動きを止め、ティルを目の前まで引っ張ってくる。
「いいか。俺は大丈夫だ。だから今はお前の心配をしろ」
「シオン、でも…!」
 俺は、目の前にいたティルを片手で抱きしめた。
「大丈夫だ。俺はティルと絶対に再会する。ここで死ぬ気なんてこれっぽっちも無い」
「シオン…」
「分かったら行け。出来るだけ、角で曲れよ」
「うん…シオン、約束だよ?」
「ああ、約束だ」
 泣きそうなティルから体を離し、一度頭をなでた。
「それじゃ、またな」
「…うん」
 ティルの背中が見えなくなるまで見送って、俺は最後のマガジンを取り出す。
「…ったく、らしくねぇ」
 それだけ呟いて、俺は来た道を全速力で駆け戻った。




数ヶ月後。

「…以上、発表はティル=ナ=ノーク、監修ロナルド=クレイツィヒでした」
 その世界では最大級の学会で結果の発表を終えた直後。ティルを数十人の人物が取り囲んだ。
 みながみな、ティルの発表に感銘を受けて色々と質問してきたのだ。
 それに一つ一つ丁寧に返していたティルは、ふと会場の入り口を見た。
「! ちょ、ちょっとお待ち下さい。すぐ戻ります!」
 押し寄せる関係者を押しのけ、ティルは会場の入り口に走った。
 息を切らせて周囲を見まわしても、さっきの人物は見かけられなかった。
「でも…見間違いじゃない、と思うのに」
 その場でうつむいた彼女の視線に、床に置かれた小さな紙切れが飛び込んできた。
 そこには、走り書きのようにこう書かれていた。
『おめでとう、ティル。心から祝福するよ シオン・V・L』
「シオン…」
 ティルは、その紙を胸に抱き、流れてきた涙をぬぐった。
「ありがとう、シオン」
 それだけ言って、ティルは会場に戻る。
「…でも、今度は姿も見せてよね?」
 その言葉を残して。



<あとがき>

 えー、今回は某ポルノグラフィティさんの某3枚目アルバムの一曲目を動かして見たくて衝動的にこんな文章を書いてみました。…が、随分と軌道がずれてしまいましたね。
 ども。作者の飼い猫です。
 いやー。完全オリジナルキャラクターでの短編が、最近妙に書きたくなってまして。書き上げたのは良いけど送る先が無いので内輪展示。おめでとう、自分。ありがとう、自分。

 ま、それはともかく。出来るだけ不自然にならないように心がけたのですが…なにせ、暗殺者なんて書いたこと無かったので。
 あ、組曲のフォシル君は暗殺者じゃないですからね。エセも良いとこですよ(自分で言うか?・苦笑)
 以上、飼い猫でした。今回も私の駄文にお付き合い頂きありがとうございました。
 それでは…。

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