プレ悠久物語 第五話
<悲しみの幕開け>



 その日、フォシルの部屋にゲイルとセインが訪れていた。
 明日出発する予定の狩りについて話し合うためである。
「そろそろ、北の橋も工事が終わるからな。もう少しで北にも行けるようになるぜ」
 ゲイルの生まれた町に通じる橋は、一年半をかけてやっと再開通しそうである。
「せやな。ほな、明日も南側に狩りか。そろそろ違う肉も食いたいんやけどな」
 北の谷を挟んで南北では生息している動物が微妙に違う。このため、食材の味も変わってくるのだ。
「それなら、迷いの森に行ってみないか?」
『迷いの森に?』
 唐突なセインの言葉に、フォシルとゲイルは同時に聞き返した。
「ああ。あそこには北側の獲物も南側の獲物も生息しているけどな」
 こともなげに言ったセインに、フォシルとゲイルは顔を見合わせてしまった。
「せやけど、なぁ…」
「迷いの森に出かけるのは、さすがに危険じゃないか?」
 迷いの森。それはジャーニータウンからジュノアまで続く魔法大陸一の主要街道を遮るようにして南北に広がる森。
 正規ルートを通るには何も問題は無いが、一歩でも道を踏み外すと只では帰ってこられないと専らの噂である。
 森の奥地に足を踏み入れたものは方向感覚を失い、はては記憶まで失うとすら言われているが、
「そうか?俺達邪霊族は普通に狩りをしてるけどな」
 さらりと凄い事を言うセインに、フォシルとゲイルは二人揃って冷や汗を浮かべた。
(さすが、邪霊族やな。魔導全般に精通しとる証拠、か)
 フォシルが何とか納得した時。
(コンコン)
 扉をノックした後グースが部屋に入ってきた。
「おお。今日は3人とも揃っているんだな」
「おはようございます、親父さん」
「グースさん、おはようございます」
 挨拶をする二人に返してから、彼は言葉を続けた。
「ゲイル、ちょっと話したい事があるんだが。部屋まで来てくれないか?」
 グースの頼みに少し驚いていたゲイルだったが、すぐに椅子から立ち上がった。
「俺ですか?良いですけど」
「そうか。じゃあ、来てくれ」
 そのまま、ゲイルとグースは部屋をあとにした。
「何の話だろうな?」
「さあ?ところで、前から気になっとったんやけど…」
 フォシルはセインの左手に視線を移した。
「その左腕の小手、何か変わった形やな」
 フォシルの声に、セインは苦笑を浮かべて小手に触れた。
 その小手は革で出来ているようなのだが、肘から手の甲にかけて、細い筒のような物が付けられているのだ。
「コイツはバードカッター。俺の魔力の一部を変換して物理的な矢として放つ俺の武器だ。
 とは言っても、俺は魔法しか使わないからここ二年ほど使っていないがな」
「ほー」
 自称武器マニアのフォシルは、その小手兼弓矢の装備を感心して観察していた。
(まだ俺の知らん武器が有ったなんてな。世界は広いわ)


 その頃。グースの部屋にて。
「こんな事を言っても、きっと信じてはくれないだろう。だが、これは真実なのだ」
「・・・・・・・」
 ゲイルはグースの前の椅子に座って床を見つめて考え込んでいたが、やがて顔を上げてグースに大きく頷いて見せた。
「分かりました。俺の方でも出来る事はしておきます」
「・・・すまんな、ゲイル」



 そして、次の日。
 セインを先頭にして、フォシルとゲイルは迷いの森を目指していた。
「そう言えば、ゲイル。朝親父に手紙渡しとったみたいやけど、あれは何や?」
「ああ、只の走り書き。昨日、親父さんに新しい料理の考案を手伝って欲しいって言われたから、その提案を書き留めてきたんだ」
「ほー。そんで昨日親父が呼び出したんか」
「そう言うことだな」
 そんな取りとめも無い会話を交わしていると、迷いの森の入り口が見えてきた。
「さあ、ここからは迷いの森だ。多少道から離れるから、気を抜くなよ」
「ああ、分かっているさ」
 フォシル達に向いて告げたセインに、ゲイルが深く頷いた。
「けど、道外れてホンマに大丈夫なんか?」
「大丈夫さ。目的地はすぐそこなんだから。北の獲物と南の獲物、それが顔を合わせる広場があるんだ」
 セインは野菜炒めを作る手順を話すよりも気楽な声でそう説明し、森に向かって歩き出す。
「しゃーない、行くか?ゲイル」
「そうだな。頑張ろうぜ、フォシル」
 顔を見せて頷きあい、フォシルとゲイルもその後を追った。


 彼らが着いたのは、半径10メートルほどの円形の広場であった。
 周囲を取り囲む木々は、まるでその場所にだけは寄り付くことを畏れたかのように一本も生えておらず、草も生えていない。
「こんな何も無い場所につれてきて、一体何処に獲物がいるんだ?」
 周りを見ながら訊ねるゲイル。彼らが立っているところは、丁度広場の真ん中辺りである。
「確かに。こんなあからさまに開けた場所に野生の生物が寄り付くとは思わんけど?」
 フォシルの視線の先には、二人に背を向けて立っているセインの姿が。
「獲物?ちゃんといるじゃないか」
 セインはその言葉と共に、顔をフォシル達に向ける。
「北の獲物、ゲイル=アッシュ。南の獲物、フォシル=ラーハルトがな」
 いつもの笑顔で、左手に小さなナイフを持って。
「は?何言うとるんやセイン」
 疑問符を顔に浮かべるフォシルの横で、ゲイルは腰を落としてクレセントに手を掛ける。
「この森は、正規のルートから外れてしまうと回復のための魔法しか使用できない」
 そう言いながらセインはナイフを振りかぶり、自分の右手の甲を突き刺した。
「…それで?」
 セインの行動に目をしかめながらも、ゲイルが冷静に続きを促す。
「つまり、攻撃魔法は扱えないんだが…呪いならば発動するのさ。こんな風に、な!」
 セインがナイフの突き刺さったままの右腕を真横に振るうと、ナイフの先からおぞましいほどに大量の血液が溢れ出し、フォシル達を飲み込もうとした。
 フォシルは後ろに跳び退って何とか避けたが、ゲイルは避けきれずに服の裾に血液を浴びてしまう。
 それを確認して、セインが呪文のようなものを唱えだした。
「ヤイオ トゥオスティ クウルル ティアン トゥエム ティアエティ ヤイオ ルイーク エティ フゥディスティ」
 その途端、ゲイルの身体が電撃が走ったかのようにビクンと振るえた。
「…ゲイル?大丈夫か?」
 慌ててゲイルを覗き込むフォシル。
「フォシル…すまん」
「は?何を…っ!」
 ゲイルの三日月形の刃を、フォシルは後ろに跳んで交わした。
「ゲイル!お前何しとんや!」
 フォシルが叫ぶが、ゲイルは静かにクレセントを振るった。
 確実に、フォシルを狙って。
「何を言っても無駄さ。今のゲイルにはフォシルを殺す事しか頭に無いからな」
「な…セイン!お前ゲイルに何をしたんや!」
 ゲイルの刃を寸前で避け、フォシルはセインに突き刺さるような視線を向ける。
「なに、簡単なことさ。俺の血を媒介に、呪いをかけた。一番最初に目に入った人間を殺すように、な」
 涼しげな顔で言ってのけたセインは、右手でナイフをもてあそんでいる。腕の傷は、既に完治しているようだ。
「さあ、俺に見せてくれ。信頼するもの同士が殺しあう、その光景を!」
 セインの声に操られているかのように、ゲイルの刃がフォシルを襲う。
「ゲイル、やめーや!」
 叫んだフォシルだったが、親友のゲイルに剣を向けることなど出来るわけが無い。
「おいおい。そんなに避けてばかりだと、その内死んじゃうぞ?」
「…ええいっ!」
 繰り出されたゲイルの右腕を抱え込み、フォシルは背負い投げの態勢に入る。
 そのまま投げ飛ばそうとしたのだが…
(どっ)
「ぐ…」
 ゲイルの左足がフォシルの背中を蹴りつけ、フォシルの身体が大きく揺らいだ。
「……んにゃろぉぉっ!」
 無理な体勢で投げ飛ばしたフォシルだったが、ゲイルは簡単に身を翻して立ち上がる。
「フォシル。そろそろ剣を抜いて本気を見せてくれないか?」
 楽しんでいるセインの声に、フォシルは剣を抜かずに腰を低く落とした。
「…格闘術は、苦手なんやけどなぁ……」
 ゲイルの攻撃を回避し、カウンターとして蹴りを放つ。
 一度間合いを離して、ゲイルが再度地を蹴る。


 そのまま、数時間が過ぎようとしていた。
 戦闘開始時から、絶対に自分からは攻撃を仕掛けようとしないフォシル。
 その様子に、セインはいい加減いらついてきたようだ。
「ゲイル!さっさと殺してしまえ!」
 セインの声で、ゲイルの動きが静まる。
 ナイフを持つ右手を背中に回し、前に突き出した左手で印を結ぶ。
 フォシルをまっすぐ見つめたその瞳は、静かな殺意に満ちていた。
(この構えは…明鏡止水!ゲイル、お前本気か?)
 明鏡止水。左手で作り出した印で相手の動きを封じ、右手の刃に込めた全闘気を刃にして相手にきりつける技。
 ゲイルの、必殺の一撃である。
(一回だけ模擬戦で見たことあるけど、これは避けられん!どないするんや?)
 拳を痛いほど握り締め、フォシルは打開策を考え巡らせる。
 と、その時。ゲイルの瞳に写る何かの色にフォシルは気がついた。
(お前………俺に、やれ…と?)
 自分自身に問いかけるフォシルは、静かに右腕を背中に回した。
 その行動を肯定するかのようにゲイルの瞳が和らぐのを見て、フォシルはヴェインスレイを手の中に滑らせる。
(すまん、ゲイル!)
 そして、フォシルは初めて自分から攻撃を仕掛けた。
 両手で下段に構えた剣を、最速で踏み込んだフォシルが切り上げる。
「月破斬!」
 心臓を狙って繰り出した剣は、ゲイルの左印で軽く受け止められてしまう。
 無防備になってしまったフォシルの腹部を向けて、ゲイルのクレセントが迫る。
 フォシルは剣から左手だけを離し、ゲイルの左頭部向けて裏拳を放った。
 それを受けて少しよろめいたゲイル。フォシルの剣は既に大上段に構えなおされていた。
「烈剣!」
 袈裟懸けに切りつけられ、ゲイルが静かに地に沈む。
「…すまん、ゲイル……」
 彼を見下ろすフォシル。そこに、場違いな拍手の音が聞こえた。
「なかなかだったな。まあ、60点といった所か」
「…てめぇ……」
 セインの方を向き、フォシルがヴェインスレイを構える。
「なんでこないな事をするんや!」
 殺気の込められた目を平然と受け止め、セインが言葉を返す。
「なぜ?俺が人間なぞの町に住み着いたのは、もとより人間の行動原理を調べる為だ」
「なら…ほなら、アリアの事はどないなんや!アイツへの態度も見せかけやったって言うんか!」
 一縷の望みを賭けて聞いたフォシルの声に、セインは事も無げに頷く。
「もちろん、その通りだ。あの出来そこないを庇っていたのは、将来族長をする者の務め。それ以上でもそれ以下でもない」
「っざけんじゃねえぞコラァ!」
 怒りに任せ、フォシルがセインに切り掛かった。

 

――またもや続く――
 


☆あとがき☆ 


作者:はい、と言うわけでプレ悠久物語第5話をここに…
フォ:って作者!こんな所で続くな!
作者:でも、そろそろ文字数的にオーバーしますし。セイン対フォシルの結果はまた次回ということで。
フォ:…はよ書けよ。
作者:分かってますよ。
フォ:……にしても、まさか呪いのスペルで『メ○ニ○ス語』を使うとはな。
作者:あははは。ちょっと考えてみると呪文の詠唱っぽくなってましたので。『○ル○ク○語』です。
フォ:まあ、さっさと次に行こうか。
作者:そうですね。では皆さん、また次回に!
フォ:ほなな〜。

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