プレ悠久物語 第四話
<嵐の前の…>



 アリアがバークランドに住む事になってから半年程が過ぎようとしていた。
 彼女も人間たちの町に随分と慣れ、ファミナと姉妹のように仲良く暮らしていた。

 そして、そんな町に一人の男が訪れる途中だった。男は深くかぶったフードの端から覗く灰色の髪を気にしながら、遠目にバークランドを見つめていた。
「これが、あの子の選んだ場所か」
 そう呟いて、男は町に向かって歩き出した。



「フォシル。買出し頼めないか?」
「ん?ええで」
 部屋で武器を磨いていたフォシルは、部屋の外からかかった声に床から立ち上がった。そのまま武器を棚にしまい、部屋の外に出るフォシル。
「で。何を買ってくるんや?」
 扉の外に立っていたグースは、いつも通りメモを手渡した。
「ここに全て書き込んであるが…まあ、いつも通りだ」
「よっしゃ。任せとき」
 そのまま酒場をあとにするフォシルを、グースは少々心配そうな顔で見送った。
「…まあ、大丈夫だとは思うが」


「ん?何やこれ」
 買い物を終えて初めて、フォシルはメモの裏側に書かれた文字に気がついて首をかしげた。
「『近々、おまえの中で何か大きな変化があるだろう。しかし、決して友人の頼みを断ってはいけない』…また、酔狂な占いの結果か?」
 実は、フォシルの父グースは妙な占いをしているらしいのだ。フォシルもその現場を見た事は無いのだが、その占いは恐いほどの的中率を誇る。
(どういうことや?一体、何の事を指してんねんな)
 フォシルがその場で考え込んでいると、前方から見知った声が聞こえてきた。
「よお、フォシル。買い出しか」
「ん?ああ、ゲイル。と…そっちの兄ちゃんは?」
 ゲイルの斜め後ろには、初めて見る顔の男が立っていた。
「今日、この町に着いたところらしいんだ。で、俺がこの町を案内しようと思ってさ」
 ゲイルは、その人物を手で差しながらフォシルに紹介した。
「フォシル、彼はセイン。この町には妹さんを訪ねてきたらしいんだ。
 セイン、この黒いのがフォシル。さっき言ってた俺の親友さ」
 ゲイルの紹介に、セインと呼ばれた男が前に出てくる。
「初めまして。俺はセイン=ティーク。アリアの兄だ。よろしく」
 フォシルの思考は、その一言で停止してしまったと言う。


 そして、彼らはファミナの家の前まで来た。
 途中でフォシルの家に寄って買い物を預けたが、その道すがらで町の説明は粗方終了していたからだ。
「おーい、ファミナー」
 入り口の前でフォシルが大声を上げると、しばらくして二階の窓から顔が覗いた。
「あら?フォシルにゲイル。どうしたのこんなに早くに」
 そう離れているわけでも無いのに大声で聞いてくるファミナに、フォシルもつられて声の音量をアップさせる。
「実はさ、アリアの兄貴が訪ねて来てるんだよ。それで…」
「アリアの…!ちょ、ちょっと待っててね!」
 フォシルの言葉を皆まで聞かず、ファミナが窓から頭を引っ込めた。
 しばらくして、玄関を空けてファミナが顔を出す。
「お待たせ。さあ、中に入って!」
 そのまま家の中を指差すファミナに、フォシル達が続いた。
 そして、入り口をくぐったすぐそこには。驚きの表情を浮かべたアリアが立ち尽くしていた。
「え…セインお兄ちゃん?」
 兄の顔を見て信じられないように呟いたアリアを、セインがいきなり抱きしめた。
「ああ、アリア!会いたかったよ、ずっと!」
「う、うん。私も」
「それで、怪我はしてないか?暮らしに不自由は無いのか?こんな太陽が照り返しの場所じゃお前の肌がすぐ荒れるんじゃないのか?それと………」
 身を引こうとするアリアを無視して、セインが矢継ぎ早に質問を投げかけている。
 そのあまりにも唐突だった行動に、フォシル達三人はそのばに氷付けになったように動きを止めていた。



 そして、それからしばらくして。彼らはファミナの家の応接間(として使用している広めの部屋)のソファに並んで腰掛けていた。
「どうぞ」
「ああ、すまないねファミナさん」
 家にあった紅茶を人数分煎れ、ファミナがテーブルの上に並べていく。
 今の座席は…ゲイルとフォシルの隣にファミナが腰掛け、その向かいのソファにアリアとセインが座っている。
 紅茶を一口飲んで、セインが落ち着いた態度で言葉を発した。
「先ほどは済まなかった。あまりにも嬉しかったものだからついはしゃいでしまってね」
「い、いや。気にせんとってくれ。アンタも本気で嬉かったんやろうしな」
 その態度は、とても先ほどのセインと同一人物とは思えないほどだ。
 フォシル達が複雑な顔をしている理由を理解して、アリアが注釈を入れるように喋る。
「お兄ちゃん、よくオーバーリアクションだって言われてたんですよ」
「…だろうな。あれは、さすがに驚いたけど」
 少し呆れた様子でそう呟いて、ゲイルがティーカップを傾ける。
「それで、セインさんは…」
「ああ、セインで良いよ。敬語は疲れるだろう?」
 カップを置きながら口を挟んだセインに、『それじゃ…』と付け加えてファミナが聞いた。
「セインは、アリアを連れ返しに来たの?」
「あ。」
 ファミナが聞くまでその可能性を考えていなかったフォシルは、動きを止めてアリアに視線を向ける。
(そっか。帰ってまうかもしれへんのか……)
 アリアは、セインの返答を息を飲んで見守っている。
「それは…だな」
 セインもアリアの目をちらりとだけ見て、目を笑みの形にした。
「俺も家を飛び出してきたからこの町に住もうと思ってな」
「お兄ちゃん…!」
 アリアは顔全面に嬉しさを表現し、ゲイルに視線を送った。
「良かったな、アリア」
 それに気付いたゲイルも、自分の事のように嬉しそうに頷き返した。
(いや、本気で自分の事で嬉しいんやろうな、ゲイルは)
 そう思ったフォシルだったが、今言ってもゲイルが否定するだけだと言う事は分かっていたので、敢えて口を挟まずに笑みを送った。
「で、だな。俺が住む場所なんだが…」
 セインは一度フォシル達を見回し、困ったように続けた。
「俺、当座の金が無いんだよ。出来れば誰かの家に居候って形で置いておいてもらえないかな?」
「じゃあ、俺のところ来いよ。空き部屋は数個あるし、家じゃ俺一人だからさ」
 すぐにそう言ったゲイルに、セインは安心したように目を細めた。
「すまないな。助かるよ」



 そして、綺麗な満月が空高くに居座る時刻。
「ただいまー」
「あ、お帰りなさいファミナ」
 酒場の仕事を終えたファミナが家に帰って来て、アリアが出迎える。最近の平和な一ページ。
 その後夕食とお風呂を済ませ、二人は寝室に移動してきた。
 結局、アリアが来てから今までずっと、二人は大きなベッドで一緒に眠っていた。
 そしてこの日もいつも通り、すぐには眠らずにアリアとファミナはおしゃべりを開始した。
「ねえ、アリア。セインってどんな人?」
「そうですね。とっても、優しい人です。私がいじめられてたら、いつも庇ってくれていて」
 嬉しそうに返したアリアに、ファミナは思ったことを素直に聞いてみた。
「そうなの?じゃあさ、どうして村を追い出されちゃったの?」
 ファミナの問いに、アリアが少し表情を翳らせながらも答えている。
「あの時、一ヶ月くらい前からお兄ちゃんが村長の命で旅に出ていたんです。だから、私を守ってくれる人が誰も居なくて」
「お父さんやお母さんは?」
「…父さんと母さん、二人が一番私を嫌っていたんだと思います。だって、私を行商人に売り渡す計画を立てたのはあの二人だったんですから…」
「そ、そうだったんだ…ごめんねアリア。嫌な事思い出させちゃって」
 アリアの目にうっすらと涙を溜めている事に気付いて、ファミナは少し慌てて謝った。
「いいえ、そんなことありませんよ。それに、もう終わった事ですし」
 アリアは出来るだけ明るく返し、『もう寝ましょう』と言って先に眠ってしまった。
「アリア…」
(あなたの中で、その出来事はまだ終わってないのね。私に、何か手伝える事は無いのかな?)
 その行動を見て、ファミナはそう思った。




 そして、またも半年の月日が流れた。
 セインはゲイル、フォシルと共に狩りに出かける事もあれば、手作りの木彫りのアクセサリを街頭で売りさばくなどして完全に町に馴染んでいた。
 アリアも町の花屋でバイトを始め、ファミナもフォシルの酒場でバイトをしながら真夜中の練習を(アリアに見守られながら)続けていた。


 そんなある日の晩、皆が寝静まる頃。
 ゲイルの家の二階、薄暗い廊下にセインが立っている。彼は目の前のガラス窓に手を触れ、なにやら呪文のようなものを呟いた。
 すると、外の風景を映し出していたガラスが一瞬にして真っ黒になり、その中に赤い宝玉のようなものを映し出した。
「時は満ちた。お前の中にうずくまっている邪悪を揺り起こす時が来たのだ」
 その声はいつもの明るい声からは想像できないほど、低く冷たいささやきだった。
「さあ、まずは誰を屠る?お前の一番愛しき者か?それとも…」
 囁きの途中でセインは唐突に窓から手を離し、早口に何かを囁く。
 丁度そこに、たまたま起きてきたゲイルが顔を出した。
「…ん?何やってるんだセイン?」
 寝ぼけた声で聞いてくるゲイルに、セインはいつもの声で返した。
「ちょっと、夜の城を眺めていたんだ。中々に絵になるぞ」
「あー、それは分かるぜ。俺も一度あの城を描いてみたいと思ってるからさ」
「だろう?今度一緒に描いてみないか」
「そうだな。…とりあえず、今は寝ようぜ」
「ああ、それがいい」
 短い遣り取りの後自分の部屋に戻っていくゲイルを見届け、セインもその隣の部屋の扉に手を掛ける。
 そこで一度振り返り、彼は先ほどの窓に向けて冷笑を浮かべた。

 その視線の先にはもちろん城も見ていたが、それよりも手前に、ファミナの家も存在しているのだ。

 

――続く――
 


☆あとがき☆


作者:はい。なにやら雲行きが怪しくなってきたこのシリーズ。皆様はどのように受け取られておられるでしょうか?
 さて、早速ですがゲストさんを紹介しましょう。
セイン:俺はセイン=ティーク。アリアの兄で大魔法使いだ。
作者:はいこんにちはセインさん。貴方は、悪者ですか?
セイン:さあな?俺は自分の目的のために動いているだけだから善悪などは関係ないと思うのだが。
作者:そうですか。
 …これ以上喋らすとネタを全て喋ってしまいそうですね。それでは皆さん、ご意見・ご感想お待ち申し上げております!
セイン:またな。

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