<メイトルパの少女>




 ここは聖王都ゼラム。時刻は満月を待ちわびる月光が世界を照らす、そんな瞬間。
 高台に立てられたギブソン・ミモザ邸。そのバルコニーに一人の男が立っている。
 彼は何をするでもなく夜空を見上げていた。
「あ、マグナ」
 ふと背後から掛かった声に、マグナは振り返ってベランダ入り口に視線を送る。
 そこにいた人物に笑顔を送り、返事を返す。
「やあ、ユエル。眠れないのか?」
「…うん。明日、ファナンに戻るって聞いたから」
 バルコニーに進み出てきたユエルは、いつもからは判断できないほどに沈んだ表情をしている。
「ああ、向こうで準備を整えないといけないからな。…ユエル」
「…なーに?」
 自分の横まで来たユエルに、マグナは表情を少し曇らせた。
「やっぱり、辛いか?おばちゃんたちに顔を合わせるのが」
「……」
 ユエルは言葉に出さずに、小さく頷いた。
「そうか…そうだな。この世界に来て、一番お世話になった人たちを傷つけちゃったんだからな」
 当時のことを思い出しながら、マグナはその場に腰を下ろした。




 そのとき、マグナはファナンの大通りで武具屋巡りを決行している最中だった。
「うーん、この剣、おじさんが掘り出し物だって言うだけあってなかなかいい手触りだな」
 今回の最大の戦利品、ヘブンズセイバーの柄を握りながら満足げに歩いていた。
 ふと、通りの反対側から見知った顔の少女が走ってきた。
「お、あれは…おーい、ユエル!またお使いか?」
 結構大きな声で話し掛けたマグナであったが、ユエルは気がつかなかったようで全速力で走り去っていった。
「…何だよ。あの子の耳なら聞こえないはず無いのにな。…まさか!」
 また悪い事をして逃げているのでは、一瞬そう思いかけたマグナだったが、すぐに軽く首を振って否定した。
「ユエルは約束は守る子だしな。きっと、急ぎの用事か何かだったんだろう」
 そのまま、モーリン宅に向かって歩みを再開したマグナの視界に、またも見知った人物が映った。
「あっ!マグナ!」
 走っていた二人組みの内、背の高い女性がマグナを発見し、彼の前で止まった。
「どうしたんだよ、モーリンもミニスも。何かあったのか?」
「何かあったっ?て、無きゃこんなに走らないわよ!」
 のんきな口調で訊ねるマグナに、多少息を切らせたミニスが突っ込む。
「いや、そんな事はどうでも良いんだ。マグナ、あんたユエル見かけなかったかい?」
「ユエル?彼女ならついさっき、ここの通りを全力疾走していったけど…」
「こっちだね!?急ぐよミニス!」
「うん!」
「あ、おい!待てって!」
 こちらが質問する間もないまま走り出した二人を追いかけ、マグナも走り出す。
「いったい、何があったって言うんだ?」
「それが…」

 時間軸にして、その直後。路地裏に数人の黒ずくめの男が集まっている。
「とうとう見つけたぞ。全く、てこずらせおって」
 その中央には、卑屈そうな顔の召喚師・カラウスと、尻尾を逆立てて多少でも威嚇しようとしているユエルがいる。
「どうした。ご主人様が迎えにきてやったんだぞ?喜んだらどうなんだ」
「うるさい!お前なんか、ユエルの主人なんかじゃないよ!」
 悲鳴に近い声で反論するユエルを、カラウスは軽く笑い飛ばした。
「何を言っているんだ。さあ、お前に殺されるのを待っている人間はごまんといるんだぞ」
 カラウスが一歩近づこうとした時。
「殺されるのを待っている、とは…どう言う事だ?」
「はぁ?」
 背後から掛かった声にカラウスは慌てて振り向き、黒ずくめたちの注意もそちらに向く。
 そこには、買ったばかりの剣を構えるマグナ、杖を持つミニス、拳を握りしめるモーリンがいた。
「ああ、お前たちはユエルを保護していた奴らだな?感謝するぞ」
 さげすむような顔でマグナたちを見るカラウス。彼は楽しそうに説明した。
「私の仕事は、通常では殺しにくいターゲットを、大金を受け取って始末することなんだよ。そのためには、召喚術が大変役に立った」
 ユエルを一瞥し、卑屈な笑みを浮かべて続ける。
「こいつはな、これまで幾つものターゲットを殺してきたんだよ。それこそ、指で数え切れないほどになぁ!」
「そっ、それは…お前がユエルをだましたんじゃないか!あいつは悪い奴だって…だからユエルに退治してほしいって……っ!」
 カラウスの声を遮るようにユエルが叫び、マグナの剣が光を放った。
「貴様は…そんな事のために、彼女に常識の一つも教えずに、道具のように使っていたって言うのか!?」
 カラウスを守るように、黒ずくめの男たちが一斉に武器を構えた。
 が、炎の塊の直撃を受けて数人が吹き飛ぶ。
「どきなさい!邪魔する時は私とシルヴァーナが黙っちゃいないんだから!?」
 ユエルが届けてくれたワイバーンのペンダント。そこから呼び出されたシルヴァーナがミニスの頭上で羽ばたいている。
 しかし、向こうも殺しのプロ集団である。多少のことでは道を譲ってくれそうにもない。
「あんたたち!そこをどきな!!!」
 切りかかってきた男を投げ飛ばし、モーリンが叫ぶ。

 どれだけマグナたちが強くても、数で圧されてはそうそう手早くは倒せないものである。
 黒ずくめ達がマグナを足止めしている間、ユエルはカラウスと対峙していた。
「さあ、さっさともっどってこい。上の方たちもお前には期待しているんだからな」
「い、嫌だ!ユエル、もう人を殺したくないよ!」
 差し出されたカラウスの手を振り払い、彼女が格闘戦の構えを取る。
「ほ、ほぅ…あくまで、主人であるこの私に逆らうというのか?」
 ユエルの気迫に多少圧されながらも、カラウスが杖を構えている。
「ああ、良いだろう。ならばその首輪にものを言わすまでだな」
――我が誓約の元に、召喚師カラウスが命じる
 彼が呪文を唱え始めると同時に。
「きゃうぅうぅぅっ!」
 ユエルが首輪を押さえて苦しみだした。

「ユエル!…貴様ら、いい加減にどけぇっ!」
 遠くから眺めるしか術が無いマグナは、目の前に現れた黒ずくめを懇親の力でなぎ払った。
 が、その前にまた新しい影が現れる。
「っ!…ユエル!?」
 ナイフの攻撃を刀身で受け、次いで来た蹴りを避けるために一歩下がる。
「これじゃあ本気で近づけないじゃないか!」
 真後ろから来た攻撃にカウンターを叩き込んで、モーリンが悔しそうにうめく。

「う…ぅぅぅうぁあああああっ!」
「くっくっくっく。貴様にかけられた誓約の重み、思い知るが良い!」
 カラウスの言葉で、苦しんでいたばかりのユエルに変化が生じた。
「ウグ…グルルルルル…」
 首から手を離し、血走った目と理性の吹き飛んだ表情で警戒の声を上げるユエル。
 それはまさしく、一匹の獣のごとき姿である。
「ユ、ユエル…一体、何がどうなって…?」
 ふと、とおりの向こうからマグナ達の見知った声がかけられた。
「ッ! 食堂のおばちゃん!?」
 予期せぬ人物の登場に、ミニスはこれ以上ないほどに驚いている。
「ふん、ちょうどいい。ユエル、手始めにあいつを殺せ!」
 カラウスの命じるまま、ユエルがおばちゃんに向き直る。
「お願い、おばちゃん逃げてぇーっ!」
「ガウッ」
「ぎゃっ……ッ!」
 ミニスの声が届く前に、ユエルのツメとキバがおばちゃんの胸元を大きく抉った。
「ガウァアッ!!」
 のど元に牙を突き立てようとしたユエルだったが、
「そこまでです!」
「あうっ」
 いきなり彼女の背後に現れた人物の手刀が綺麗に決まり、ユエルの動きが止まる。
 その人物は…
「どこかで見た顔の群れが歩いていると思っていたら…やはり、暗殺組織の方々でしたか」
 パッフェルさん。元暗殺者・現ケーキアルバイターという無茶な職歴を持つ人物である。
「き、貴様何も…のおっ」
 無言で繰り出されたナイフの切っ先を避けたカラウスは体勢を崩し、術の制御を手放してしまう。
「あ…」
 途端、ユエルの瞳に光が戻る。
「ユエル!元に戻ったのかい?」
 何とか黒ずくめたちを一時的に退けた一行がユエルの周囲に集まるが、彼女は黙って自分の手を見つめている。
「ユエル!大丈夫か?」
 マグナの声も聞こえていないのか、ポツリと呟いた。
「血だ…」
「え?」
 ミニスの声に答えるためでもないのだが、ユエルの声が続く。
「ユエルの、ツメもキバも…血だらけだ…また……なの?ユエル、また……っ!!」
 そのまま、ユエルが路地奥に向かって走り出した。
「ユエルっ!」
 マグナがすぐ後を追うが、それに続こうとしたパッフェル達との間にまたも黒ずくめたちが立ちふさがる。
「ミニス、モーリン、パッフェルさん!?」
 それを見て戻ろうとしたマグナだが、そこにモーリンの一喝が飛んだ。
「マグナ!こいつらは一人足りともここから進ませやしないよ!だからここはあたいたちに任せてユエルを!」
「…っ、すまない!」
 そのまま走り去るマグナを追おうとした2人の黒ずくめだったが、
「ぎゃっ!」「ぐっ…」
 その足に、見事にナイフが突き刺さる。
「逃がしません!」
「シルヴァーナ、やっちゃえ!」
 続いて来た火球で、その二人が吹き飛ぶ。
「さあ、こっからは誰も進ませやしないよ!」



「ユエル!」
「マグナぁっ!」
 細い路地の中、ようやく追いつたマグナの声にユエルがしがみついてきた。
「ねえ、マグナ」
 何かを決心したかのような表情で、ユエルがマグナを見上げる。
「…何だ?」
 とても嫌な予感を覚えつつ、マグナは静かに聞き返した。
「ユエルを…」
 そこで一旦言葉を切り、ユエルは僅かにうつむいた。
 だが、すぐに顔を上げて言葉を続ける。
「ユエルを…殺して!」
「!………」
 ある程度予想していた言葉だったが、それでも衝撃は大きかった。
 絶句してしまうマグナに、ユエルはすがりつきながら訴えを続けた。
「あいつが首輪を使ったら、ユエル、またおかしくなっちゃう。そしたら、さっきみたいにおばちゃんを傷つけるだけじゃなくって…」
「今度はマグナたちを殺しちゃうかもしれないんだよ!!」
 叩きつけるように言った彼女の肩は、細かに震え始めていた。
「ユエル、そんなのやだよ。だから、そうなる前にユエルを殺してぇっ!!」
「ユエル…」
 かける言葉が見つからないマグナが戸惑っているうちに、息苦しさがユエルを襲った。
「うぁああああああああっ!!」
「ユエル!」
 首輪を握りしめるようにして苦しむユエルを、マグナはただ支えてやるしか出来ない。
「フフフフフ…言っただろう?貴様は誓約から逃れられん運命なんだよ」
「カラウス…ッ」
 路地の奥から現れたカラウスが、あやしい光を放つ杖をユエルに向けた。
「さあ、その男を殺すのだ!」
「う…ぅぅぅぅぅッ!」
「ユエル!しっかりするんだ!」
「マグ、ナ…ハヤク…コ、コロシテ」
 何とか衝動を抑えようとしているユエルを真正面から見据え、マグナが静かな声で問うた。
「本当に…それで良いのか?」
「ぇ…?」
「誰だって、望んで死ぬなんてこと、あるとは思えない。だから…正直に言って欲しいんだ。本当に、そんなことを望んでいるのか?」
「ユエルは…あぅっ!」
 機械的な動きで繰り出された彼女の爪が、マグナの左肩に傷を生じさせる。
「っ!」
 一瞬痛みに顔をしかめながらも、マグナはユエルの目を見たまま笑顔を浮かべた。
「辛かったら、俺が支えてやる。だから、一人で抱え込まないで俺を頼ってくれ。俺を、信じてくれ。ユエル」
「マグナ……ユエル、ユエル死にたくなんて無いよ!助けてマグナぁ!」
 涙を流すユエルを抱き寄せ、マグナがしっかりした声で応えた。
「ああ。俺が絶対に助けてやる。だから、安心してくれ」
「うん…ぁ」
 ユエルはひつつ頷くと、唐突に眠りに落ちていった。
 その様子を見届け、マグナは背後を振り返る。
「ナイスタイミング、ミニス」
「間に合って、本当に良かった。マグナ、大丈夫?」
 そこには、パッフェルに簀巻きにされているカラウスと、こちらに駆けて来るミニスとモーリンの姿があった。
「俺は大丈夫だよ。それよりモーリン、ユエルを看てやってくれないか?」
「分かってるよ。だけど、ユエルの次はあんただよ、マグナ。その肩の傷、相当深いだろう?」
「はは…モーリンには隠せないか」
 左肩の傷を抑えてマグナが座り込みモーリンがユエルの様子を確認していると、カラウスを引きずってパッフェルが近づいてきた。
「マグナさん、無事なようで安心しました。これから私、ファミィ様にこの外道召喚師を連行してきますので」
「あ、だったら私も行くわ。私が居たほうが話が通りやすいでしょう?」
「そうですね。それじゃ、行きましょうか?ミニスさん」
「うん!」


 こうして、ユエルの元マスターであるカラウスは金の派閥に突き出され、ユエルは以降マグナたちと行動を共にする事となったのである。




 そして、時空は現在へと帰還する。
 バルコニーに座って会話を交わしていたマグナとユエルだったが、いつの間にかユエルは眠ってしまったようである。
 マグナの肩に頭を預け、規則正しい寝息を立てている。
 そんな彼女を見下ろしながら、マグナは優しく彼女の髪を撫でている。
「ユエル、何があっても俺が守るからな。安心してお眠り」
 

月は今夜も、天空に柔らかく輝いている
 


<い、いちおうあとがき>

作者:GGGさん、本当に長らくお待たせしました。『マグナ&ユエル』、なんとか完成しました。
マグナ:初めの構想と、えらく違うよな。
作者:そうなんですよ。一つ考えていたお話があるんですけど、詳しい所が分からなくて。
ユエル:属に言う、『作者の力不足』ってやつだよね?
作者:ふ…否定すら出来ませぬ(涙)。
マグナ:まあ、そんなこんなで一応書きあがったこの作品。いかがでしたでしょうか。
ユエル:ここまで読んでくれた人、ありがとうね。
作者:あとがき、超短いですがこれにて。
3人:さようならー。

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