<悠久幻想曲if>
外伝その2
 Such a strange stranger


  0.

 ここはエンフィールド、アトラ橋。朝早い時間帯にここを通り過ぎる人はそう多くはない。が、向こうから誰かが近づいてくる。
 どうやらジョギングしているらしく、短パンにTシャツという動きやすい格好だ。
 彼女はパティ・ソール。ここエンフィールドでも特に有名な大衆食堂、さくら亭の看板娘を務めているスポーツ少女である。
「あれ?」
 アトラ橋の真ん中ほどまで来て、パティは足を止めた。
 その視線の先には、水面を見つめるように欄干に腰をかけた人物が一人。
 背中からは、黒いロングコートとその脇に置かれているアコースティックギターだけが判別できる。
 しばらくその人物を見ていた彼女だったが、なんだか気になったので声をかけてみる事にしたようだ。
「ねえ、アン…」
 その声の途中で、その人物の身体が前に傾き、
 (ガラン バッシャーン)
 アコギが、横倒しになる音。ついで、盛大な水しぶきが上がった。
「……ぁ…あーっ!」
 何が起きたのか判断できなくて硬直していたパティは、急いで欄干に駆け寄って水面を覗き見る。
 そこには、そう早くないレイクサイドリバーの流れに乗って漂う、ロングコートが。
「ど、どどどどどうしよう!?」
 とある事情から泳げないパティは、橋の周囲を慌てて見回した。が、この時間帯には殆ど人通りがない事は承知の上のはずである。
「…あーも!アンタ!ちょっと待ってなさいよ!?」
 たゆたうコートにそう叫んで、彼女は猛ダッシュでとある場所に向かった。

 この時間帯にたたき起こしても、そう文句が言われそうにない珠呂の元に。



  1.

「…お?」
「お、気が付いたみたいだな」
 ベッドから聞こえてきた声に、椅子に座って本を読んでいた男が顔を向ける。
「…俺、何したんだっけ?」
 直前の記憶が曖昧なロングコートの人物は、とりあえず上体を起こしてみる。
 コートは脱がされており、黒いズボンと白いシャツ、黒いネクタイと言った格好が掛け布団の下から現れる。
 目は黒く、それと同じほど黒一色の綺麗なロングのストレートをしている。
「お前、アトラ橋から身投げしたんだって?」
 まだ頭が覚醒しきっていない様子のその男に、こちらは茶色の長髪(後ろで一つに括っている)の男が声をかける。
「まさか、世を儚んで、って奴か?」
「まさか。ただ…」
 (ぐきゅるるるるぅ………)
「…なるほど。待っていろ」
 地獄から響いてくるかのようなその音で、茶髪男は納得したのか立ち上がった。
「多分、今下で何か作ってくれてるから持って来てやるわ」
「…悪ぃ」
 茶髪男が部屋を出ていって、黒髪は周囲を見回した。
 一言で言って、男くさい部屋である。ダンベルが床に投げ出されている事に気づき、それに近寄ってみる。
「よっ……ぉ?」
 持ち上げようとした黒髪だったが、そのダンベルは1ミリも持ち上がらなかった。
 今度は両手で持ってみる。
「ふん…ぬりゃぁぁぁぁっ!」
 …持ち上がらない。
「まさか、さっきの奴これを軽々と…?」
 エンフィールドに足を踏み入れる事5時間。彼は恐怖に身を振るわせたという。

「おまたー」
 やがて、お盆を持って茶髪男が入ってきた。
 暖かな湯気と共に、なんとも言えない美味しそうなにおいが鼻腔をくすぐる。
「さ、とりあえず食え」
 お盆を渡された黒髪は、一度料理を見渡す。そして…
「いっただきまーす!」
 猛烈な勢いで食べはじめた。
 茶髪が唖然とする事数十秒。
「ごちそうさまー!」
 丁寧に手を合わせてそう言って、黒髪はトレイを脇に避けた。
「悪ぃな、初対面なのに助けてもらった上に飯まで食わしてもらって」
「お、おう。気にすんな。困った時はお互い様だろ?」
 何とか我に返った茶髪は、笑顔を浮かべて言葉を続けた。
「俺は司 珠呂。何でも屋『ジョートショップ』で働いてる雇われ社員だ。あんた、名前は?」
「俺は…」
 珠呂の問いに、黒髪男は一瞬考え込むようにうつむいた。が、すぐに顔を上げて笑顔を返す。
「俺は『ジョート』。ただの旅人さ」

 こうして、自称放浪のギタリスト『ジョート』のエンフィールドでの一日が始まった。



  2.

 そして、次の日の昼過ぎ。
 (カランカラン…)
「いらっしゃいませー!」
 条件反射と化しているような速さで、開いた扉に声をかけるパティ。
「よお」
「おじゃまー」
 入ってきた二人を見て、パティが軽く挨拶を返す。
「あら、珠呂とジョートじゃない。今日はサボり?」
「ちげーよ、今は昼休みだろうが」
「あ、そう言えばそうね。さ、どうぞ」
 軽く会話をして、珠呂が窓際の席に座り、ジョートもその向かいに座りながら背中のギターを椅子に置いた。
「パティ〜!日替わり二人前!」
「はーい!」
 他の席にコーヒーを運んでいる途中のパティにそう言って、珠呂はジョートに目を向ける。
「どうだ、ジョート。この町は慣れそうか?」
「ん〜、そうだな。結構あったかい町だよな。どんな町にでもあった余所者に対する警戒の目ってのを、この町に入ってからは感じないんだよ」
「そうだな。俺も元旅人だし、分かるなその気持ちは」
 ジョートの意見を全肯定し、珠呂は少し懐かしそうな目をする。
「俺も、ここにたどり着いた時には無一文で一週間飲まず食わず。門の内側で倒れた所をアリサさんに助けてもらったのさ」
「へぇ。俺は三日前後だから…俺の方がましだな」
「はーい、日替わり二人前お待ちどうさまー」
 感心するかのようなジョートの声にかぶって、パティが料理を運んできた。
 二人の前に料理を並べ、自分も珠呂の横に座る。
「んだよパティ。仕事は?」
「いいのよ。今はお客さん少ないんだし。それより…」
 珠呂の声を半分無視し、パティはジョートを見やる。
「ねえジョート。ずっとギター持ってるけど吟遊詩人なの?」
「いや、んなご大層な身分じゃ無いな。俺の場合は、半分趣味だからさ」
 好奇心いっぱいのパティの質問にそう返し、ジョートはギターを軽くなでる。
「こいつは、俺の相棒みたいなもんだしな」
「へぇー」
「んな事よりさっさと食うぞ。俺は午後からも仕事あるんだからな」
「もう!話ぐらいさせてくれたって良いじゃない!?」
 割って入ってきた珠呂を軽くにらむパティだが、珠呂も慣れているらしく全く動じない。
「うるせ。そんなに話したけりゃ食い終わってもこいつここに置いてくからそれで良いだろ?」
「…分かったわよ!じゃあジョート。時間があったら後から話でも聞かせてね?」
「ああ。時間はあると思うから」
 ジョートの返答を聞き、パティは厨房に戻っていった。
「…でも、本当にいいのか?午後も俺が手伝った方が早く終わるって思うんだけど」
 ジョートは今朝の仕事を思い出して心配になったのだが、珠呂は軽く手を振って見せた。
「いいんだよ。マリアの魔法の後片付けくらい、俺とアレフが居れば片付けられる。お前はパティの話し相手でもしておいてやってくれないか?あいつ、仕事の都合上あまりまとまって話す時間ってのがとりにくいらしいし」
「ふーん…ま、珠呂君がそれで良いのなら良いんだがね?」
 ジョートの物言いに何か引っかかる所があった珠呂だったが、とりあえず気がつかなかった振りで食事を再開した。


「15の時から旅を!?」
「まあ、出だしはそんなもんだったかね」
 軽く肯定したジョートを、パティは意外そうな目で見ている。
「それじゃあ、今年で何年目になるの?」
「それはご想像にお任せする、って事で」
「ふーん……」
 時刻は、そろそろ昼のピークを過ぎて夕方のピークに向けての仕込み時刻となっていた。
「じゃあ、ジョートさんってもしかして結構年とってるの?」
「おいおい、トリーシャ。そういう聞き方は失礼だぞ」
「え〜、だってキャルさん気にならない?」
「…そんなには」
 今、ジョートの周囲にはパティ、トリーシャ、自警団第三部隊仮隊長ことキャレイド・グリアール、そして…
「私は気になるな〜。だって、ジョートさんって格好良いんだもん」
 たまたまここを訪れていたローラ・ニューフィールドが居る。
「あ、そうだジョートさん!何か一曲弾いてみてくれない?」
「俺は弾いてもいいけど…良いのか?ここで弾いて」
 パティの方に確認を取るが、彼女からは速攻で返事が返ってきた。
「良いのかも何も。ここって半分酒場みたいな感じなんだから。音楽ならじゃんじゃん流しちゃって」
「それじゃあ、オーディエンスもいる事ですし、ミニミニライヴと行きますか!」
『やったー!』
 ジョートの声に、ローラとトリーシャの声が重なった。
 ジョートは一つ頷き、椅子に座りなおしてギターを構える。



  3.

『覗き込んだ 遥かむこうに ぼくらはいるの?
 いつものように僕らは僕らをけずって…
 遥かむこうにぼくらはいるの?

 いつも 優しくして いつも 離さないで
 いつも 微笑っていて いつも…いつも…

 Say”Hello” 現在がなくなって 誰も キミも いなくなって
 Say”Hello”

 映しだした レンズのむこうに 「明日」はあるの?
 いつものように僕らは「他人」をけずって…
 レンズのむこうに 「明日」はあるの?

 ずっと 優しくして 二度と さわらないで
 ずっと 近くにいて ずっと… 二度と…

 Say”Hello” 夢もみなくなって 誰も キミも いなくなって
 Say”Hello”

 いつか 戻れなくなって 僕も キミも いなくなって

 Say”Hello”

 レンズのむこうに ぼくらはいるの?

 レンズのむこうに…』


 数曲を歌い終えたジョートは椅子から立ち上がって一礼をした。
 途端、観客から割れんばかりの拍手が響いた。
 いつの間にか。さくら亭にはあふれ返らんばかりの客が押し寄せており、その全ての人がジョートのギターと歌声に聞き入っていたのだ。
 彼らからの声援に軽く会釈して、ジョートは席を離れてカウンターに移った。
 そこには、待ちきれないといった表情のトリーシャ、ローラを始めとした最初のオーディエンスが集まっている。
「凄い!凄いよジョートさん!!ボク、こんなに綺麗な歌を歌う人見た事ないよ!」
「私も!ジョートさんの歌声に感動しちゃった!」
「でも、さすがギターを持ち歩いてるだけはあるわね。わたしも感動したわ」
「そうだな。ギターは弾き語りのレベルを超えていない気もするが、歌は絶賛に値すると、俺も思うな」
「もうキャルさん!水を注すような言い方しないでよぉっ」
 トリーシャがキャルを怒ろうとしたが、それをジョート自身が止めた。
「いや、それは俺も思ってる事だから。やっぱり、ギターはあいつには敵わない。それは事実だし」
「ジョートさん…?」
 ジョートの声に幾分か暗い所を感じ取ったトリーシャが顔を覗き込むが、そのときにはもう笑顔に戻っていた。
「ま、俺もまだまだ修行中って事さ」



 その日の晩。ジョートショップの一室、夕食の場にて。
「へー。そんな事があったのか。だったら俺もマリアの尻拭いなんてアレフに任せてさくら亭に残ってたら良かったな」
「まあ、ここに滞在中は定期的に歌うって約束してきたから。いつでも聴きに来てくれよ」
「ジョートクン。そのコンサート、私も聴きに行っていいかしら?」
「ボクも行きたいっすー!」
 向かいに座るアリサとテディの問いに、ジョートは大袈裟な身振りをつけて返した。
「もちろん。アリサさんにはここに着いてからずっと世話になってるし。是非聴きに来てくださいよ。あ、その時には犬っころもな?」
「犬じゃないっすよ、ジョートさん!」
「って、どっからどう見たって犬じゃねーか」
 テディの反応に、珠呂もツッコミを入れる。
「ああー!珠呂さんまでボクをイヌ呼ばわりするっすか?ご主人様〜っ」
「まあまあ、テディ。そう泣かないの。珠呂クンもジョートクンも、あまりからかわないでやって頂戴ね?」

 そんな平和な時間が過ぎ。今日と言う一日が終りを告げる。

<TO BE CONTINUED?>


<あとがき>

作者:はい、と言う事でして。心華さんお待たせいたしました。なんとリクエストいただいてから三ヶ月強です。
ジョート:おまた。っていうか、マジでお待たせ。きっと、この作品ROUAGE聴かないと書けなかったんだろうな。
作者:う…そのとおりでございます。心華さん、こんな感じでよろしかったでしょうか?
ジョート:リクエスト貰った時点では、まだ『利華』さんだったもんな。
作者:…もう言わないで。お願い。本気でごめんなさい。
ジョート:まあ、作者いびりはこれまでにしておいて。もしかして、このままIFに俺残留か?
作者:あ、はい。心華さんに許可をもらえたので。これからはジョートショップの店員さんとして出てきてもらいます。
ジョート:そうか。…あ、そう言えば。これを書いておかないといけないんだよな。
作者:あ、そうですね。ジョートさんの、この作品中での台詞に出てくる『ギターはあいつには敵わない』の『あいつ』は、『ジン』さんではありません。
ジョート:ジンは、組曲オンリーのキャラだって、心華殿が言ってたからな。
作者:うみゅ。確認とっといて良かったですわ。

ジョート:とまあ、そんなこんなで。ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございました。
作者:次はいつになるのか明言できないのが悲しいですが、これからもよろしくお願いします。
二人:それでは〜。

<挿入歌:PHCL−5074 ROUAGE『CHILDREN』より、望遠鏡>

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