<シルターンの奇跡>



  0.
 
 ここはリィンバウムからはるか離れた、それでも常に隣りにある不思議な世界の一つ、シルターン。
 ここでは、昔から鬼神さまと龍神さまの間での様々ないさかいが続いていました。
 シルターンで暮らす人々の多くは龍神さまに守られて暮らしていましたが、中には鬼神さまにお仕えする人々もいました。
 鬼神さまと龍神さまは、どちらが正しいと言うわけでもなく、ただ単に意見の相違が見られるだけで、中には友好関係にある龍神さまと鬼神さまも居られるほどでした。
 
 そして、このお話は龍神さまの中でも中位の鬼妖界第九護天龍・鬼龍ミカヅチさまのお社のある、とある小さな村での小さな出来事です。
 
 
 
  1.
 
「ハサハ、起きなさい」
「ん…」
 村の外れにある小さな洞穴、その中から声が聞こえてきます。
 どうやら、母親と娘の会話のようです。
「あ…おはよう、お母さん」
「おはよう、ハサハ。ハサハはお寝坊さんね。キリカもハルカももう龍神さまのお社にお参りに行ったわよ」
「本当…?じゃあ、ハサハも行くね」
 母親の言葉にハサハという少女は多少の驚きを込めた声で返し、もぞもぞと動き出しました。
 しばらくして、その穴から二匹の白狐が姿を現しました。
 片方は普通の狐よりも一回り以上大きな母狐、もう片方は普通の狐よりも少し小振りな子狐で、首に紐がついた小瓶を下げています。
「それじゃあ、お母さん。行ってきます」
「ええ。行ってらっしゃい」
 彼女らは人間の言葉で会話を交わし、子狐は元気よく走っていきました。
「帰りに寄り道するんじゃないわよ」
「はーい」
 母狐の声に返しながら、子狐の姿がだんだんと小さくなっていきました。
「色々あったけど、ハサハも元気に育ってくれてよかったわ」
 しみじみとそう呟き、母狐は洞穴の中へと帰って行きました。
 
 白い狐が喋る。その事自体はシルターンではそうそう珍しい事ではありません。彼らは妖狐、つまり魔力を持った狐の種族なのですから。
 
 子狐・ハサハは洞穴を離れてまっすぐ龍神さまのお社を目指しました。
 途中、向こうからやってくる二匹の白狐に出会います。
「あら、ハサハ。おはよう」
「相変わらずゆっくりしているね」
「おはよう、キリカお姉ちゃん、ハルカお兄ちゃん」
 その白狐たちはハサハのお姉さんとお兄さんでした。
「うんうん。今日も元気そうね。さ、ニンゲンたちがお社に来る前にお参りを済ませちゃいなさいな」
「うん。いってきます」
「ああ、気をつけてね」
 龍神さまの祠に飛び跳ねながら向かうハサハを、キリカとハルカが優しい目で見送っています。
「あの子も、ずいぶんと元気になってくれたわね」
「そうだね。生まれたての頃は病気がちで、姉さんと母さんは大忙しだったものね」
「あら、ハルカだって頑張ってくれたじゃない。三人居たからこそ、ハサハもあそこまで育ってくれたのよ」
「そうだと嬉しいよね」
 しばらくハサハの姿を追っていた狐たちでしたが、やがてどちらからとも無く洞穴へと歩みを再開しました。
「さ、今日も村にお薬を売りに行かなくちゃね」
「あ、じゃあ僕も手伝うよ。」
「当たり前じゃない。力仕事は任せたわよ」
「うん、任されたよ」
 
 
 
  2.
 
 龍神さまのお社にたどり着いたハサハは、お賽銭箱の上に乗っかり、垂れ下がっている鈴をカランカランと鳴らします。
 それからニンゲンのするように手を合わせ、毎日のお参りを行います。
「龍神さま、今日も元気に過ごせますように」
(それと、早くニンゲンの姿に変化できるようになりますように)
 その後、お賽銭箱から飛び降りたハサハは、一つの建物の前を通りかかった時にいつもと微妙に違ったことに気がつきました。
「扉が…開いてる?」
 その建物は、以前母親にこう教わった場所でした。
 
『この建物にはね、ミカヅチさまのお力のこもった宝玉が祭られているのよ』
『ほう…ぎょく?』
 当時まだ母狐の背に乗っかっていたハサハは、小さく首を傾げました。
『宝玉。簡単に言うと龍神さまのお力のほんの一部がここに置かれているのよ』
『じゃあ、このさきには…りゅうじんさまが おられるの?』
『うーん…そうね、違うとも言えないし、完全に正解とも言い難いわね』
 母狐は苦笑を浮かべてそう返し、最後にこう締めくくりました。
『とにかく、ここにはあまり近づかない事。良いわね?』
『…うん。わかった』
 
 彼女は扉に恐る恐る近づいて、中を覗いてみました。何かが動いたような気がして慌てて首を引っ込めますが、またすぐに中を覗き始めます。
 そこは小さな部屋のようでした。南側にこの扉があり、東西に小さな窓、北側に小さな祭壇が見て取れます。
 そして、その部屋の中央で倒れている、一人のニンゲンの姿。
「!」
 それに気付いたハサハは、中に踏み込もうとしていた足を止めて慌てて扉の影に飛び戻ります。
 母狐が口を酸っぱくして言っていた事柄を思い出したからです。
『ニンゲンの前には、狐の姿で出て行っちゃいけないよ。完全に変化ができるほど成長してからでないとニンゲンと係わり合いになる事をお母さんは許しませんからね』
(でも…)
 ハサハはそっと、扉の影からその初めて近くで見るニンゲンを観察しました。
(苦しんでる…?)
 そのニンゲンは男の旅人のようで、おなかの辺りを押さえ、うめいているように見えます。さらに、その手には赤い何かがこびり付いている様にも見えました。
(あかい…血……!)
 そう認識した時には、ハサハはその男に話し掛けていました。
「ねえ…大丈夫?そこ、怪我してるの?」
 荒い息をついていたその人間は、いきなりかけられた声に驚いたようでしたが、すぐに小さく頷きました。
 その様子を見ていたハサハは、この男の傷が相当酷いものであるという事を感じ取り、なんだか居たたまれなくなりました。そして、意を決してこう言ったのです。
「仰向けになって。ハサハ、良いお薬持ってるの」
 その人間は訝しがっていましたが、何とか仰向けの体勢になりました。
 男の顔の近くに二本足で立ち、ハサハは首から下げられた小瓶の蓋を前足で開けました。
 そこには、姉のキリカ特製の万能傷薬が入っているのです。
 ハサハは、それをこぼさないように慎重に男の口に流し込みました。
 
 しばらくたつと、その人間の呼吸も落ち着き、腹部の傷も次第に痛みをやわらげていくのがハサハにも分かりました。
 その様子をじっと見つめていたハサハに、その人間は初めて言葉を発しました。
「ありがとう。どなたか存じませんが助けていただきかたじけなく思います」
 その声は若く、顔は安堵の表情であふれ返っていました。
「どうして、こんな所で倒れていたの?」
 思った事をそのまま聞いたハサハに、男は目を閉じたまま苦笑を浮かべて見せました。
「私は旅を続ける僧侶なのですが、このお社の近くを通りかかった時に野生の狼に襲われてしまいまして。何とか逃げ切る事が出来たのですが、このありさまでして…」
「オオカミさん…恐いよね。ハサハも、ちょっと苦手」
 その昔近くに住む狼に追いかけられた記憶のある彼女は、男の言葉に少しずれた同意を示しました。
 ハサハの応答を聞いた男は、彼女の方に顔を向けて訊ねました。
「あなたは、ハサハさんと仰るのですね。この近くに住む方でしょうか?」
「うん」
 小さく頷いたハサハに、今度は男が名乗りました。
「私の名前は、伸紅。先ほど申し上げたように旅の僧侶なのですが…」
 そこで一度言葉を閉ざし、伸紅は眼を開いて見せました。
 彼の瞳は何者も映す事の無い濁った色をしていたのです。
「お兄ちゃん…お目目が見えないの?」
「ええ。生まれつきこの目でして、お師匠様にも見放されました」
 苦笑を浮かべて、伸紅は再度瞳を閉じます。
「しかし、その分感覚というのでしょうか。周囲の雰囲気を感じ取る力には長けている方でして。ハサハさん、あなたの心はまるで清流のように澄んでいます。きっと、お姿も美しい事でしょう」
「そう…かな?」
 自信なくそう呟き、ハサハは自分の姿を思い浮かべました。白い狐。まだまだ未熟な彼女は、ニンゲンに変化する術を修行中なのです。
(こんな姿でも…いいのかな?)
 
 それから数日間、彼女はその扉に通い詰めました。暇を見つけては、山に自生する食べられる植物を採っては伸紅に届けました。母狐や姉兄に帰りが遅いと言われても、本当の事を伝えるわけにもいきませんでしたが。
 
 しかし、ある日とうとう母狐に伸紅と会っている事を知られてしまいました。
「伸紅お兄ちゃんは悪い人じゃないよ!これまで目が見えない事で虐められていたって…だから、せめてハサハが話し相手になってあげたいの」
 真剣に訴えるハサハの姿を、母狐は黙って見ていました。そして、静かにこう言いました。
「でもね、ハサハ。そのお坊さんは傷が治れば旅立ってしまうのよ。この洞穴から離れられない私たち白狐の一族とは、いずれ離れなければいけない。その事は、解っているの?」
「…はい」
 正直、ハサハはその事を考えたくもありませんでした。それでも、いつかは離れて行くであろう現実があることも承知しているつもりでした。
 ハサハの返答を聞き、母狐は笑みを浮かべました。
「分かったわ。あなたのやりたい事を、あなたのやり方で通してみなさい。ただし…」
「?」
 言葉の先が分からず首をかしげるハサハに、母狐はウインクしながら続けました。
「お友達に隠し事はダメよ。あなたが白狐だって事、ちゃんと伝えないと」
「・・・・・・うん!」
 
 その日、ハサハは伸紅に全てを打ち明けました。
 自分が白狐であること、この薬は姉にナイショで持ち出していること、持ってきていた食料は自分が山で見つけてきていたものであることなど、全てを。
 それを聞いた伸紅は、ただ涙を流しました。
「ど、どうして泣いてるの?ハサハが…ニンゲンじゃなかったから?」
「いいえ、違うんです。嬉しいです」
 目を閉じたまま、涙を流したままでしたが、伸紅は笑顔をハサハに向けていました。
「ハサハさん。お姉さんに黙ってまで、一族の言い付けを破ってまで、このような未熟僧に手を差し伸べていただき、本当にありがとうございます」
「伸紅お兄ちゃん…」
 
 
 それから、あっという間に一週間が過ぎてしまいました。
 ハサハと出会ってから2週間。伸紅の傷もすっかり癒え、とうとう別れの時が来てしまったのです。
「ハサハさん、本当にありがとうございました」
 部屋の外に立って笑顔を向ける伸紅に、ハサハも必死に涙を堪えて言いました。
「うん。伸紅お兄ちゃんも、頑張って眼の治療法を探してね」
「ええ。その治療法がわかれば。もう一度ここを訪れます。それまでには、ハサハさんも変化の術を習得できるように頑張ってくださいね」
「…うん。ハサハ、頑張るから……だから…」
 だんだんと声が震えてきてしまったハサハの頭に、伸紅の手のひらが優しく触れました。
「泣かないで下さい、ハサハさん。この別れが今生の別れになるわけではありません。私は、きっとあなたの前に帰ってきますよ」
「…うん…お兄ちゃん……!」
 とうとう、ハサハは伸紅の服のすそを握って泣き始めてしまいました。
 それでも、伸紅は彼女が泣き止むまで、ただじっと頭をなでてやりました。
 
 
 
  3.
 
 あれから数年の歳月が流れました。
 ハサハは龍神さまの宝玉のお力添えもあり、ニンゲンに変化する術を体得しました。
 そして、彼女の横には、彼女を守ってくれる存在であり、彼女が守るべき存在でもあるニンゲンが居ます。
 ここはシルターンではありませんが、彼女には分かっていました。
 彼の心が、伸紅と同じように優しいものであることを。
「お兄ちゃん、大好きだよ」
 ハサハは、ありったけの心を込めて言います。
「ああ、俺も大好きだよ、ハサハ」
 マグナも、そんな彼女に偽らない心を見せてくれています。

 

ここはリィンバウム。様々な奇跡が満ち溢れる不思議な世界――
 


<あとがき…というか作者タコ殴り大会>


作者:はい、と言う訳で書き上げました「シルターンの奇跡」。GGGさんのリクエストに沿えたものになっていたでしょうか?
 …おや?なんだか右際は寒いし左側は熱い…はっ!アレは『遠異・近異』!?
 (カキーン ドカンドカンドカン)
 (作者、102のダメージ)
作者:くっ…い、一体誰が…とにかくFエイドを…
マグナ:俺だ俺!
作者:あ、マグナさん。
マグナ:リクエストは「マグナ&ハサハ」だったはずだよな?これじゃあ「ハサハオンリー」じゃないか!
作者:あ、やっぱり?そうだとは思ったんですけど…でも、あの伸紅さんの役をマグナさんにお頼みしていたじゃないですか。
 それに、ちゃんとハサハさんはマグナさんとエンディング迎えてるんですし。
マグナ:それでも、俺としての発言が一言だけなのは問題あると思うぞ。
作者:うーん…とりあえず、今回のもう一人の主人公さんに起こしいただきましょうか。
ハサハ:…作者。
作者:はい?…はっ!何か上から釘が!
 (カンカンカンカンカンカン…ゴイーン)
 (作者、108のダメージ。作者残りHP1)
作者:い、いきなり何するんですかハサハさん!今回の役、不満でした?
ハサハ:そうじゃないけど…題名が分かりにくい。
作者:…そうですね。これは明らかに失敗でしたでしょうか。もうちょっと分かりやすいタイトルが必要ですね。ごめんなさい。
 さて、それではそろそろお暇いたしましょうか。
マグナ:と言う訳で、ここまでだな。
ハサハ:またね。
 

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