<いつも頑張っている君へ>

 ここはエンフィールドと言う町の自警団詰め所。
 ここで、二人の男が向かい合って朝食を食べている。
「で、どうするんだよフィン」
 座っていても背が高い男、アルベルトがもう一人の男に声をかける。
「どうるすって、何が?」
 当のフィンは何の事か分からないらしく、アルベルトを少し見上げるようにしてフォークを止めた。
「だから、今日の仕事だよ。受けるのか?」
「受けるに決まってるだろう?住民の依頼があれば動く、それが第三部隊だと思うけどな」
 少し怒った口調で訊ねるアルベルトに、それが当然と言った口調でフィンが返す。
「あのな、もう一度今の状況を確認するぞ?」
「ああ」
 不機嫌そうな顔をしながらも、アルベルトは現在の状況をもう一度話し出した。
「まず、今日は第一部隊が演習の日だ。この意味は分かるな?」
「つまり、アルは第三部隊には顔を出せない、って事だな?」
「そうだ。そして二つ目。今日は他のメンバーも忙しく、手が空いているのはディアーナだけ。それに今日はヘキサもいないんだよな」
「だから、今日はディアーナだけが手伝ってくれるんだろ?」
「そうなるな。そして、今日の依頼は…」
 アルベルトは壁の予定掲示板を指差した。
 いつもは数枚の用紙が張られているのだが、今日は珍しく一枚だけだった。
「今日の依頼は、ドクターからで『隣町までの薬品の買い出し』だ」
「だから、それがどうしたんだよ。アルだって依頼があるなら受けるだろ?」
 いい加減面倒になってきたのか、フィンは少し不機嫌そうにそう言った。
 そんな彼に大きく嘆息してから、アルベルトは席を立つ。
「分かった。お前が納得してるなら行って来い。ただし、これだけは理解しておけよ」
 そのまま扉まで歩いていって、振り返りながら続けた。
「薬草を買い出しに行くって事を除けば、『お前とディアーナの二人っきりで徒歩で往復四日以上かかる隣町への小旅行』って形式になってるってことだけはな」
「あ……」
 そんな風に言われるまでは考えてもいなかったのか、フィンは一瞬にして動きを止めてしまった。
「…ま、頑張って依頼を達成してくれよ。第三部隊隊長さん。じゃあな」
 呆れ顔のアルベルトが部屋から出て行ったが、それから少しの間、フィンの時が動き出す事は無かったようだ。

「…と、言うわけなんだよドクター」
 結局、どうするか判断がつかなかったフィンはドクターに聞きに来たのだが、
「別に良いんじゃないか?お前たちは付き合ってるんだろうが」
 そんな答えが返ってきてしまった。
「つ、付き合ってるって…俺達、別にそんな関係じゃないよドクター」
 慌てた感じで言い返したフィンに、ドクターは少なからず驚きの表情を返した。
「何だ違うのか?お前たちは、何だかんだ言いながらもいつも一緒に居るからな。トリーシャやローラでなくともそう考えるぞ」
「いや、あれは…何だか、放って置けないんだよ。何事にも一生懸命だけど、ドジで、おっちょこちょいで。
 見ているこっちがハラハラさせられる事が多いけど、常に前向きな姿勢は俺もずいぶん元気付けられてるし」
 苦笑を浮かべながらそう言ったフィンを見て、ドクターは確信したという。
(こいつ、自分で気付いていないだけだな)と。
「まあ、どちらにせよ買いに行ってもらうものは専門知識が無ければ分かりにくいものだ。去年までは俺が行っていたのだが、その間に急患でも入ろうものなら対処できん。かと言って、ディアーナ一人で町の外に出すのは危険だ。お前もそうは思うのだろう?」
「あ、ああ。それは分かるよ」
「じゃあ、今回の依頼は頼めるな?」
「…仕方ないか。分かった、行くよ」
 ドクターの意見に、フィンが頷く。
 それを見て、ドクターはなにやら懐から小瓶を取り出した。
「なんなら、これも持ってくか?」
 そのラベルには、『精力剤』と書かれていた。
「…ドクター。本当は俺をいじめて楽しんでるだろ」
 怒りを通り越して呆れが混じった顔で、フィンはドクターを睨んだ。

「ええっ!わ、私とフィンさんだけで買い出しに行くんですか?」
 病院内の掃除をしていたディアーナは、今初めて聞かされた事実に驚愕を隠せないでいた。
「ああ。…って、ドクターから聞いてなかったんだな」
「え、ええまあ。『今年の買い出しはお前に頼むかも知れんな』とは言われてましたけど…」
「そうか…」
(何だかディアーナが嫌がってるみたいだし、やっぱ断った方が良かったのかな?)
 そう考えたフィンだったが、ディアーナは手早く掃除を終わらせて道具を片付けてしまった。
「それじゃあ、すぐに用意しますから。ちょっと待っててくださいね」
 なんだか、楽しそうに見えるのは私の気のせいなのだろうか?
「…何だか、嬉しそうだなディアーナ」
 あ、フィンさんも思ったようで。


 そして、今彼らはエンフィールド内を祈りと灯火の門目指して南下していた。
「で、ディアーナ。買う品物は分かってるのか?」
「はい。ここに書き留めてきましたからバッチリです!」
 フィンはいつもの格好に荷物一式を背負い、ディアーナはいつもの格好で黒の外套と中身が空で大き目のリュックを背負っているといった感じだ。
 ディアーナが手に持ったメモ帳に視線を走らせるフィンだったが、なにやら事細かに書き込んであって大半が理解できなかった。
「…ここに書いてある内容、全部理解できるのか?凄いなディアーナ」
「そんなことありませんよ」
 感心しているフィンに、ディアーナはメモ帳の後半をめくってみせる。
「ここに、先生から教わった事とかで分からなかった事柄を書き出してるんです。で、そこに自分で書き足して行ってるので…先生みたいに、何も見ずにスラスラ読めるなんてまだまだ先です」
 その書き込みを見ると、1つの事柄にとても細かく注釈が為されている。
「いや、ディアーナは頑張ってるからね。きっとドクターみたいに凄い医者になれるよ」
「そ、そんなぁ〜。お世辞なら聞きませんよ」
 真顔で頷いたフィンに、ディアーナは照れ笑いで返した。
 と、そんな彼らの前にたまたま通りかかった人物が二人。
「あれ?誰かと思えばフィンじゃないか」
「それに、その横に居るのはディアーナだね」
「やあ、シオンとアレフ。おはよう」
「おはようございます、シオン君、アレフ君」
 挨拶を交わした二人に、シオンとアレフがなにやらにやけた笑いを浮かべて近づいてきた。
「なるほど〜。二人して駆け落ちですか」
「やるねー、こんな朝っぱらから堂々と」
「な…!君たち、何を言ってるんだ」
「そうですよ!私は先生に頼まれた薬草を買いに行くだけで、それでフィンさんはそれにお仕事で同行してくれてるだけです!」
 必要以上に赤くなっている二人に、シオンとアレフが笑顔のまま遠ざかっていく。
「はいはい。そうしといたげるよ」
「せいぜいお二人でごゆっくり、ってか?」
「だから違うって言ってるだろうが!おい、聞けよ!」
 そのまま見えなくなっていく二人にフィンが大声で叫ぶが、届いていたかどうか。
「……まあ、あいつらは放っておいて。行こうか、ディアーナ」
「そ、そうですね。急ぎま…うきゃあ!」
「ディアーナ!」
 足を前に踏み出そうとして自分の足に躓いたらしく、ディアーナが前のめりに倒れた。
 何とかフィンが受け止めたが、立ち位置的に前から抱きしめる形になってしまっている。
「ディアーナ、大丈夫か?」
「は、はひ!だ、大丈夫ですから離して下さい!」
「あ!わ、悪いディアーナ」
 慌てて体を離す二人。
 何だか沈黙が訪れてしまったが、フィンが笑顔を浮かべて手を差し伸べた。
「ま、まあ、とにかく行こうぜディアーナ」
「あ、は、はい。そうですね」

 村を出るまでに一波乱あったものの、行きの旅は定期便にすんなり乗れた事もあって予定通りに隣町に到着し、その頃には太陽が山間に隠れそうな時間となっていた。

 そして、今二人は隣町の薬屋を訪れていた。
「ごめんくださーい」
 ディアーナを先頭にして中に入ると、そこには一人の老人が座っていた。
「いらっしゃい。何かお探しかい?」
 友好的な笑顔を浮かべる老人に、ディアーナが説明に入る。
「私、先生の…あ、トーヤ・クラウド先生の言いつけで来たディアーナと…」
「ああ。ドクタークラウドのお使いかい?毎年恒例の奴だね。ちょっと待っておくれよ」
 ディアーナの言葉を聞かずに奥に引っ込んだ老人は、間もなくして一房の薬草を持って来た。
「こいつだね?」
 その薬草を見て、ディアーナが小さく首をかしげるのがフィンにも分かった。
「えっと、見せていただけますか?」
「ああ、良いよ」
 老人は友好的な笑みを浮かべたまま、ディアーナに薬草を渡す。
 渡された薬草を仔細に観察していたディアーナが、唐突に声を上げた。
「お爺さん、これ違いますよ!先生に頼まれたのはナガシモツケソウです。これはフリクサワタリですよ」
 怒ったようにつき返したディアーナに、その老人は笑顔のまま答えた。
「おお。さすがドクターの弟子じゃのぉ。よーく勉強しとるようじゃ」
 ディアーナから薬草を受け取った老人は、また奥に引っ込んで今度は篭ごと持って来た。
「ほれ、これじゃろ?ドクターの捜しておる薬草は」
「あ、はい!これですね。おいくらですか?」
 篭を覗き込んで、一番上に乗っていた草をとってみるディアーナ。横から見たフィンには、先程の草との区別が出来なかった。
「お前さんが勉強熱心な様じゃからの。おまけしてこれだけじゃ」
「わぁ。ありがとうございます」
 支払いを済ませ、ディアーナは自分のバッグに薬草を詰め込んでいる。
 そんな様子を眺めながら、老人が笑顔のまま話し掛けてきた。
「さっきは悪かったね。あんたたちを騙すような事を言ってしまって」
「いいえ。私も自分の知識が間違ってないって分かりましたから良い機会になりました」
 そう返したディアーナに、老人は大きく頷いて見せた。
「毎年ドクターが直接来ていたからね。お前さん、ドクターに相当信頼されとるようじゃの」
「そ、そんなことありませんよ。私なんてまだまだです」
 照れ笑いを浮かべているディアーナを見て、フィンはひとりごちていた。
「…俺、実は要らないんじゃ?」
 確かに、役に立ってないね。

 目的を終えたので帰ろうとしたのだが…
「まさか、もう定期便が終了してたなんてな」
 馬車の到着予定場所の看板の前で、フィンが小さく呟いていた。
「まあ、仕方ないですよ。とりあえず今日は宿屋さんを探しましょう」
「…そうだな」

 で、次は村で一つしかない宿屋に着いたのだが…
「空いてる部屋が、一つしかない?」
「ああ、すまんな兄ちゃん。ここは小さな村だからな。旅人が来るって事自体が少ないんだよ」
「そ、そうなんですか。…分かりました。とりあえずそこに泊まります」
「毎度。部屋は二階の奥の方だ」
 宿屋の親父からかぎを受け取って、フィンが後ろで座って待っていたディアーナのところに帰って来る。
「フィンさん、部屋余ってました?」
「いや、一部屋しかなかったんだ。だから今日は、俺一階で寝させてもらうよ。ディアーナが部屋を使ってくれ」
「ええっ!でもそんなのフィンさんに悪いですよ」
「いや、でも…」
 話の途中で、荷物を持った宿屋の親父が横を通った。
「大丈夫だよ。ちゃんとベッドは二つあるから。何だったら、一つにもできるけど?」
『結構です』
 綺麗に揃って帰ってきた声に、親父は肩をすくめて通り過ぎていった。
 それを見送っていたフィンだったが、やがて二階の階段へと歩き出した。
「とりあえず、荷物置きに行こうか」
「そ、そうですね」

 そして、その日の真夜中。ベッドに腰を下ろして本を読んでいるフィンの横のベッドで、ディアーナが熟睡してしまっている。
「ま、なんだかんだ言って今日一日疲れたもんな」
 ベッドに入ってすぐに眠ってしまったディアーナを思い出し、フィンは口元に苦笑を浮かべている。
「頑張れよ、ディアーナ。応援してるぜ」
 本を足元の荷物に仕舞い、フィンも眠りについた。

 諸々のお方の期待を裏切り、あっけなく朝となる。
 そして、朝一番の定期便でエンフィールドに向かう。
「でも良かったです。フィンさんのお陰ですんなりと買い物が終わりました」
「でも俺、何もしてないと思うけど」
 定期便の馬車の最後尾席に座って、ディアーナとフィンが話している。
「そんなこと無いですよ。私、始めて行く場所に一人だったらあんなに冷静になって品定めできなかったですよ。フィンさんが横にいてくれたお陰です」
「そんなこと無いさ。あの薬草が違うって言うのに気がついたのは君の知識があったからだよ。俺なんて未だに違いが分かんないぜ」
「あ、ありがとうございます」
 そして、少し会話が途絶えた時、
「あ、そうだ」
 フィンがふと思い出したようにポケットに手を突っ込んだ。
「ディアーナ、これ」
「え?」
 フィンは、取り出した箱をディアーナに手渡す。
 その箱を空けて、
「わぁ…」
 その中に入っていた物を取り出し、ディアーナが感嘆の声を上げる。
 それは彼女の誕生石でもある小さな月長石がプラチナの留め金でぶら下がった、シンプルな形のイヤリングであった。
「以前、あの町でつくられたアクセサリが流行った事があったのを思い出してね。この際だから君に贈ろうと思って」
「で、でも。こんなに高価な物いただく訳にはいきませんよ」
 焦ったような声で言うディアーナに、フィンはイヤリングを取って彼女に着けてみせる。
「俺の、気持ちなんだ。立派な医者を目指して頑張っている君を応援する事と、俺が君の事を好きだって気持ちを込めた、ね」
「え…それって……」
 まだ驚きから開放されていない様子のディアーナに、フィンは静かに言葉を紡ぐ。
「君さえ良ければ、俺と付き合ってくれないかな?」
 ディアーナの顔が見る見る明るくなってきて、元気よく頷いて見せた。
「私がこれまで初心を貫いてこれたのは、いつもとなりにフィンさんがいたからなんです。私が落ち込んでいる時に励ましてくれたり、私が迷った時には背中を押してくれたり…
 私も、フィンさんの事が大好きなんです」
「ありがとう、ディアーナ。これからもよろしくな」
「はい!」

 こうして、一組の恋人を乗せた馬車が彼らの町へと帰って行く。
 これからの二人を静かに見守るために。

Fin


<あとがき!>

作者:はい、お待たせいたしました。テイルさんリクエスト「初めてのでぇと」第6弾、タイトルがあまり気に入りませんでしたが中身は結構好きな、フィン君&ディアーナさんです!
テイル:いつも以上に時間がかかっていましたね。
作者:いやー、実はテイルさんのもう一つのキリリクシリーズのネタを考えすぎて、中々進まなくて。
テイル:もう一つのキリリクシリーズですか?それは一体?
作者:まあ、近日公開です。恐らく、その前にミッドガルドに終止符を打つでしょうね。
テイル:あれ、終わるんですか?
作者:まあね。私の頭の中では決着ついてますし。
テイル:まあ、それは置いておいて。どうしてイヤリングなのでしょう?
作者:それはですね、彼女は医師志望じゃないですか。だとすると指輪は非常に邪魔なんです。いちいち外さないといけません。
 で、ネックレスでも長いタイプの物だと邪魔になる可能性がある。
テイル:と言う事で、耳になったんですか。
作者:ええ。本当は、ピアスが良いかと思ったのですけど、彼女がピアス穴を開けていませんからすぐに着けれませんからね。
 で、イヤリングです。
テイル:ふーん。少しは考えてらっしゃるんですね。じゃあ、誕生石ならどうしてパールにしなかったのですか?
作者:…6月の誕生石はパール、月長石(ムーンストーン)、アレクサンドリアです。
 けど、パールは高いしイヤリングにはちょっと…それと、アレクサンドリアもイヤリングには向きません。ペンダントが綺麗ですけど。
テイル:はあ。つまり、イヤリングには向きそうに無かった、と。
作者:パールはともかく、アレクサンドリアは、ね。
 さて。今回も皆様のご意見・ご感想をお待ちしております。
テイル:では、またの機会にお会いしましょう。
二人:さようなら〜。

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