<明日は日曜>

 ここは閑静な住宅街の一角。相当な大きさの豪邸と少し貧相に見えるマンションが並んでいる変わった場所である。
 そのマンションの一室で、少年と青年の二人が会話を交わしている。
「ど、どうしようお兄ちゃん。ボク、やっぱり一人だと心配だよぉ」
「そんなに気取る事も無いと思うよ、リオ。いつも通りの君でいればいいさ」
「そんなこと言われても…」
 少年はリオ・バクスター。となりの豪邸の一人息子で只今中学二年生である。
 青年はキャレイド・グリアール。この部屋の持ち主で、リオとは昔から兄弟のように接している。
「ねえ、やっぱり一人だと何を話していいのかも分かんないし、ついてきてよお兄ちゃん」
 先程から頼んでいるリオに、キャルは少し困った顔を向けた。
「あのな、リオ。俺だって弟同然のお前が上手く応対できるかは気になるよ。けどさ、彼女との初デートに保護者同伴、って言うのはどうかと思うんだけど」
「そりゃそうだけど…」
 まだ何かを言おうとするリオの眼前に、キャルは真面目な顔を突き出して聞いた。
「それとも何か?もしかして、本当は嫌なのか?」
「そ、そんな事絶対無いよ!ボク、とっても楽しみにしてたんだから!」
 怒ったようにそう答えたリオに、キャルは楽しそうな目を見せた。
「じゃあ、楽しんで来いよ。自分の素直な心で、ね。きっと、更紗もそう思ってると思うよ」
「…そうだね。ありがと、お兄ちゃん」
 それだけ言って、リオは座っていた椅子から体を起こす。
「じゃあ、早く帰って用意してこなくちゃ。またね、お兄ちゃん」
「ああ。またな」
 笑顔で部屋を出て行くリオを、同じく笑顔で見送るキャル。彼が、小さくつぶやいた
「しっかし、ちょっと寂しいよな。昔は俺にべったりだったのに、さ」
 つい本音が口をついてしまったようだったが、すぐに苦笑を浮かべてつぶやきを続けた。
「ま、リオが笑ってくれればそれが一番、だな」

 一方、こちらはミッシュベーゼン。更紗がお客からの注文を厨房に伝えている。
「母さん、三番テーブルさんに特選地ビールとピリ辛焼き鳥一人前です」
「あいよ」
 ジラに注文を伝え、更紗はお盆を両手で抱えてニコニコしている。
「あれ?更紗ちゃん今日は凄くご機嫌だね」
 常連の一人である青年の声に、彼女は嬉しそうな表情を見せた。
「うん。明日、リオとお出かけするの」
「へー、リオ君とか。良かったじゃないか」
「うん!」
 自分の事のように喜ぶ青年に、更紗は元気良くうなずいてみせた。

 そして次の日の朝。
「おはよう、更紗ちゃん」
「あ、リオ。おはよう」
「おや。リオ君早いね」
「おはようございますおばさん」
 朝一番で、リオはミッシュベーゼンを訪れていた。
「ごめんねリオ。朝のお手伝い、まだ終わってないの」
 そう言った更紗に、リオは笑顔で答えた。
「うん。だから、僕も手伝いに来たんだ。二人でやれば少しでも早く終わるでしょ?」
「そうなんだ。ありがとうリオ」
「よし。じゃあ何をするの?」
「えっと…買い出しと、お店のお掃除と、昨日のお皿洗いの残り」
「け、結構あるんだね…」
 一瞬顔を引きつらせそうになったリオに、ジラがすまなさそうに声をかけた。
「本当は、出かける時くらいは手伝いしなくても良いって言ってるんだけどねぇ」
「ダメ。いつでも母さんにはお世話になりっぱなしだから、私が出来ることは手伝いたいの」
 ジラの言葉を更紗自身が拒否し、掃除道具を取りに行った。
「それじゃあ、ボクは洗い物しますね」
「リオ君、本当に悪いわねぇ」
 まだすまなさそうにしているジラに、リオは静かに首を振ってみせる。
「ボク、更紗ちゃんの気持ちが分かるんです。ボクだって、お父さんやお母さんのお手伝いがしたいって思ってますから。
 それに、更紗ちゃんを尊敬してますから。ボクよりもしっかりしてるし、本当頼りになるんですよ」
 そう言って皿洗いを始めてくれるリオを、ジラは少しの間見つめていたが、やがて料理の下ごしらえのために厨房に入っていった。

「えっと、次は香辛料かな?」
「そうだね。これと、これ…後は、これも」
「更紗ちゃん、こっちのは?」
「あ、うん。それもだね」
 今、リオと更紗は二人でスーパーマーケットに買い出しに来ている。
 リオがかごを押し、更紗が食材を入れていく。
「でもスーパーって便利だよね。ここだけで殆ど揃っちゃうんだもん」
「そうだね。専門店で買うよりは少し品質は落ちるけど、急遽の買い出しとかにはよく使うよ」
「あ、やっぱり専門店の方が良い?」
「一種類のものの品揃えが多いから。それだけほしいものが見つかるの」
「そうなんだ」
 そのまま買い出しを終え、次は近くにあるお茶のお店へ行く。
「お茶だけは、どれだけ急いでてもここで買ってるの」
「ふーん。じゃあ常連さんだね」
 二人が会話を交わしていると、奥から中年の男が出てきた。
「よお、更紗ちゃん。今日もいつものかい?」
「うん。お願いします」
「あいよ」
 一度奥に引っ込んだ男は、すぐにアルミ製のパックが入ったビニール袋を出してきた。
「特選茶、七袋で2100円ね」
「はい」
 お茶を受け取り、更紗が代金を払う。そこで、男は初めてリオのことに気付いたようだ。
「おや?きみ、もしかして更紗ちゃんの彼氏かい?」
「ええっ!か、彼氏だなんてそんな。ボクなんてまだまだですよぉ」
 必要以上に慌てるリオの横で、更紗は顔を真っ赤にしてうつむいてしまっている。
「はぁっはっはっは!いやー悪い悪い。初々しいねぇ」
 全然悪いと思っていない笑い方をする男に、更紗は何とか引きつった声で言った。
「そ、それじゃあ。また」
「おう。またな更紗ちゃん。これからもよろしくな」
「う、うん」
「それじゃ」
「頑張れよー若い衆〜」
 逃げるように店から出て、リオと更紗が顔を見合わせる。
「プッ…クスクス…」
「アハハハ……」
 二人で赤くなっている顔を見合わせて、不意に笑い出す。
 そのまま、数分笑いあっていたであろうか。不意に、更紗が声をあげる。
「あっ!早く帰んなきゃ」
「ホントだ。急ごう更紗ちゃん」
「うん」
 袋を分けて持ち、手を繋いで走り出す二人であった。

 そして、時は過ぎてお昼過ぎ。
 ミッシュのテーブルを拭きながら、ふとリオが口に出した。
「なんだか、話の流れでそのまま手伝いしてるような気が…」
 食器を片付けるために横を通った更紗が、笑顔を向けて答える。
「でも、私はリオと一緒にいられるから嬉しいよ」
「そうだね。一緒にいられればそれでいいよね」
「うん」

 そして、いつの間にか日が落ちて…
『ありがとうございましたー』
 声を揃えて言うリオと更紗。
 とりあえず、お店からお客さんが途絶えて一息つく二人。
「リオ、慣れてないから疲れたんじゃない?」
「ううん、そんな事は無いけど。でも、思ってたよりも大変なんだね」
「そう?私は殆ど毎日手伝ってるから慣れちゃった」
 お店の椅子に座って会話していた時、お盆を持ったジラが近寄ってきた。
「リオ君、今日は本当にありがとうね。こんなに遅くまで手伝わせちゃって」
「あ、いえ。ボクはどちらかというと更紗ちゃんと一緒に居たかっただけですし」
 少し照れながらそう言うリオと更紗のテーブルに、ジラがお盆の上のジュースを置く。
「これは、私からのほんの気持ちだよ」
「あ、ありがとうございます」
「…私も、良いの?」
 不思議そうに聞いた更紗に、ジラは大きくうなずいて見せた。
「当り前じゃないのさ。今日はいつもより張り切って手伝ってくれたしね」
「ありがとう、母さん」
 嬉しそうな二人を満足そうな表情で見つめ、ジラはまた厨房に帰っていく。

 そんな時間がどれくらい過ぎたのだろうか。
「ごめんください」
「いらっしゃいま…あ、キャルお兄ちゃん」
 応対に出たリオに、ミッシュを訪れたキャルが軽く手を上げる。
「よ。リオ、更紗」
「いらっしゃい、キャル。ご注文は?」
 お盆片手に訊ねる更紗に、キャルは少し難しそうな顔を作って答えた。
「いや、今日はお客じゃないんだよな。ウチの弟がいつまでたっても帰ってこないから迎えに来たんだよ」
「えっ…?」
 そう言われて、リオは慌てて壁にかかっている時計を見た。
 時刻は、既に10時になろうとしている。
「あ…もう帰んないと」
「そう……」
 短くそう言って、更紗はリオに笑顔を向ける。
「それじゃあ、リオ。また明日ね」
「うん。じゃあね、更紗ちゃん」
 リオも笑顔を見せたとき、厨房からジラが顔を出した。
「おや、キャル君じゃない。という事は、リオ君もう帰るのかい?」
「ええ。もう時間も遅いですし」
「おばさん、今日はお邪魔しました」
「なーに言ってるんだよ改まっちゃってさ。リオ君が来てくれてこっちがお礼を言いたいくらいだよ」
「本当。ありがとうリオ」
「それじゃあ、そろそろおいとまします」
「さようなら、更紗ちゃん、ジラさん」
 その声を合図にして、キャルが出口に向かった。
 そんな二人を手を振って見送る更紗。
 彼女に、ジラが静かに語りかける。
「リオ君って、本当に良い子だね」
「うん」
 小さくうなずいた更紗に、ジラは少し笑った目を向ける。
「あんまり可愛いから、母さんが取っちゃおうかな?」
「だ、だめだよ母さん!リオは私の大事な友達なんだから!」
 必死にそう言う更紗の頭に、ジラの大きな手が乗せられる。
「冗談だよ。可愛い一人娘の恋路を邪魔するほどひねくれちゃいないさ」
「…もう!」

「で、今日はどうだった?」
「え?」
 リオの家へと帰る途中。キャルがリオにそう尋ねる。
「え?じゃないさ。更紗との仲は進展したのか?」
「え、えーと…」
 キャルの目から顔をそらし、左頬を指先でかきながらリオがつぶやいた。
「今日は、一日中お店のお手伝いをしてたんだ」
「は?一日中店の手伝い?それってデートじゃ無かったんじゃないのか?」
 少し眉を寄せるキャルに、リオは笑顔を返した。
「ううん、いいんだ。一日ずっと更紗ちゃんと居れたから」
「…そっか。初々しいな、全く」
 苦笑を浮かべたキャルは、頭上の煌きを見上げた。

 雲一つ無い、見事な夜空であった。


<えーいちくしょう!>

作者:書いてて羨ましくなってきたぞ!
テイル:だからって壊れなくても(苦笑)
作者:まあ、そうなんだけど…あ、ども。テイルさんリクエストの初めてのでぇと・パート5です。今回はいかがでしたでしょうか。
テイル:今回は初々しい二人、と言う事で、ルシードさんの時とは違った事で悩んでましたね。
作者:そうなんですよね。どう表現すれば中学2年生らしく見えるか、どんな感じがリオ君らしいのか。ここですね。
テイル:更紗さんは?
作者:殆どその場の波に乗って書いていましたから問題ありませんでした。なんせ、更紗さんの大ファンですから。
テイル:だから何気にデジデジさんが出てたんですね。
作者:ま、まあね。実は三回目だったりするんだけど。彼がSSに出てくるのは。
テイル:どこにいても、ミッシュの常連さんですもんね。
作者:まあ、彼のことはもう置いておいて。いつも通り皆様からのご意見・ご感想をお待ちしております。
テイル:では、また次の作品でお会いしましょう。
二人:さようならー。

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