<華と花のラプソディー>




  夏、虫たちがざわめく夕暮れ。青い浴衣を着込んだ彼は暇そうに頭の後ろで腕を組んで、空を見上げている。一軒の家の玄関に背を向けている彼の名前は、大滝瀬羅(おおたきせら)。
「瀬羅くん、お待たせ!」
「おせーぞあ、や……」
  多少怒って見せて瀬羅が振り返るが、言葉半ばで動きを止めてしまった。
「? どしたの瀬羅くん」
  不思議そうに聞かれ、瀬羅はやっと我に帰った。
「な、なんでもねー。行くぜ!綾女」
「あ、待ってよー瀬羅くん。…瀬羅くんったら〜!」
  いきなり背を向けて歩き出した瀬羅を追って、彼女──柳咲綾女(やなざきあやめ)が慌てて瀬羅の左に並ぶ。
「ね、ね。瀬羅くんこの格好どう思う?」
  綾女は嬉しそうに、浴衣の袖を持って、その場で一回転して見せた。
「どう、って…」
  紫の浴衣と黒地に黄色の帯、浴衣に似合うように結い上げられた黒い長髪。それは華の『アヤメ』を示すかのように、いつもの活発な外見からは想像できない儚い雰囲気を醸し出していた。
「何でもいいんじゃねぇの?」
  まさかそんな事を考えていたとは到底言えず、瀬羅はさも面倒そうに返した。
「そんな事より、早く行かねーと花火大会はじまっちまうぞ」
「そ、そんな事って…」
  瀬羅に誉められたくて考えに考えた服装を『そんな事』扱いされた綾女は不満そうにしていたが、瀬羅が立ち止まってくれない事を感じて彼の後を追った。

彼女の家から河川敷に出て下る事1時間。一つの埠頭が姿を表す。
そこは既に結構な人数が集まっており、彼らは何とか観賞するに丁度良い場所を確保する。
やがて、沖に浮かぶ船から、赤・蒼・紫・黄色・白…。色取り取りの光の華たちが上空に咲いては散っていく。
その光と音の芸術は、途絶える気配を見せぬままに次々と空を彩っていく。

そして、数時間が経過し…ゆっくりと、花火大会に終わりを告げた。


  そんな花火大会からの帰り道。
「なあ、なんで怒ってんだよ綾女」
「…怒ってない」
  花火が終わるまでは上空を見上げて目を輝かせていた綾女は、帰る時点になって、何かを思い出したかのように無口になっていた。
「怒ってるだろうが」
「怒ってないもん」
  河川敷を歩きながら、二人は先ほどから同じやりとりを繰り返していた。
「綾女」
「…」
「………」
  やがてどちらも言葉を発さなくなり、静寂だけが周囲を支配していく。
「…こっちだろ?」
「うん…」
  とある橋のたもとまで来て、2人は河川敷から土手に移動する。最初に瀬羅が、次いで綾瀬が…
「わきゃっ!」
「…あ?」
  背後から聞こえた悲鳴に肩越しに振り返れば。そこには、草に覆われた坂に突っ伏した綾音の姿があった。
「…なにやってんだよ」
「うっさいわね!下駄が草で滑ったの!!」
  呆れ顔で差し出された瀬羅の右手を、綾女は片手を鼻にあてながら掴んだ。
「鼻、大丈夫か?」
「うぅ〜、ちょっと痛い」
  まだ鼻を押さえたままだった綾女の頭をなでながら、瀬羅が苦笑を浮かべた。
「ほらほら、泣くなよ。折角の綺麗な浴衣が台無しになっちまうぞ?」
「…え? それって、似合ってるって事?」
  真顔で聞く綾女に、瀬羅は優しく微笑んで見せた。
「ああ、似合ってる。とても綺麗だよ」
「…えへへ。最初からそう言ってくれれば良かったのに」
  綾女は心底嬉しそうな笑み浮かべ、瀬羅に抱きついた。
「瀬羅くんっ!」
「うわっ!」
  瀬羅にしてみればいきなりのアタックに、彼もバランスを崩し…
「いててて…ケガないか、綾女」
「うん。私は平気」
  瀬羅が綾女を抱きしめた体勢のまま、坂を滑り落ちた2人であった。
  やがて、2人とも立ち上がって、顔を見合わせた。
「帰るか、綾女」
「うん!」
  今度は2人で手をつなぎ、ゆっくりと土手を登っていく。

 

夏の夜。
とある2人の思い出の一風景であった。



<あとがき>
 はい、ども!今回はcentaurさんのサイトの正式運行開始をお祝いいたしまして、この作品を持ってきました〜。
 本当は黎明綺譚タイプの文章を…と思っていたのですが、centaurさんの作品を壊しそうだと思い、急遽完全オリジナルとなりました。いつもの如く(?)、題名に大きな意味はないです。
 今回は、cenさんの正式開設が夏休みと言う事で夏に関するもので行こう、それだけから出来あがった作品ですので実は深く語れませんです(汗)。

 さて、それでは墓穴を掘らないうちにこの辺りで退散させていただきますです。

 それでは…


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